265 星の彼方へ
僕は宇宙戦争に参戦する兵士で、生と死の狭間に日々いる。そんな中で見つけた唯一の安らぎは、誰にも理解されないであろう、記憶を失くした敵国の女兵士を介抱することだった。
「アンディ。今日も早く帰るのか? さては女でも出来たな」
仲間たちが囃し立てる中、僕は苦笑して首を振る。
「違うよ。ただエースとしては、早く帰って羽を伸ばしたいだけさ。明日も早いんだろ。先に帰らせてもらうよ」
僕はそうごまかして、ベースキャンプを出ていく。
少し船を走らせると、居住区から外れる。僕は静かな場所を好んで、人と滅多に会わないような、この寂しげな区域に住んでいる。
「おかえりなさい」
家に入るなり、中から綺麗な女性が出てきた。
いつか僕が撃墜した、敵国の女兵士である。僕は一目見て彼女に惚れたんだと思う。気が付けば、彼女をここへ連れて来て、介抱していた。記憶を失くした彼女も、僕を頼ってくれている。まるで恋人のように、この空間では、敵も味方もない。
ただ僕は、いつか迎える悲劇を知っている。
「ただいま、サニー」
サニーとは、彼女の名前だ。本当の名前がわからないから、僕がつけたものなんだ。
「今日も無事に帰って来てくれたのね」
「ああ。一応これでもエースだからね。仲間は一人やられたけど……代わりに倍以上は撃ち落としたよ」
「そう……先にごはんでいい?」
「ああ。ごめん、帰るなり血なまぐさい話だったね」
「ううん。あなたのお仕事だもの」
まるで僕らは新婚のように、小さなテーブルを隔てて座る。目の前にはサニーが作った美味しそうな料理。僕は幸せだと思った。
夜になり、僕はベッドに横たわり、すぐに寝入ってしまった。
サニーは体力が回復してからは、ベッドを僕に譲り、床で寝るようになっている。べつに僕らは恋人同士ではない。
「う……うう……」
寝入ってからどのくらいの時間が経ったのだろう。僕は呻き声をあげながら、息苦しさに目を覚ました。すると目の前には、サニーが僕に馬乗りになって、僕の首を絞めている。
「や……め、ろ」
かすれる目を凝らし、僕は自分の首を絞めるサニーの手を力づくで離させ、逆に押し倒した。
「どういうことだ? サニー。どうして……」
そう言ったところで、サニーは僕から目を逸らし、涙を流している。
そうか、その時がきたのか……僕はすべてを悟って、サニーから離れた。
「いつから……記憶が?」
冷静になってそう言った僕に、サニーも静かに起き上がる。
「……一週間ほど前から……」
「そんなに? なぜすぐに僕を殺さなかった。それとも、これは誰かの命令か?」
「……記憶が戻ってすぐに、国に連絡を入れたわ。あなたのことも話した。命令は当然下ったけれど、これは私の意志でもあるわ。だってあなたは敵だもの」
サニーの言葉に、僕は静かに溜息をつく。わかってた。サニーの記憶が戻ればこうなることを。
「じゃあ……なぜすぐに下さなかった?」
「それは……あなただって同じことよ。なぜ私を助けたの? あのまま放っておけば、私は死んでいたわ」
「……理由なんかないよ」
僕はそう言うと、肌身離さず持っているナイフを取り出し、サニーに差し出した。
「一思いにやれよ。そうすれば、君は故郷に帰れる」
「アンディ……」
「わかってたんだ。こうなること。もうずっと前から……わかってたのに、君を助けずにはいられなかった……だから、いいんだよ。わかっているから、何をされても後悔はない」
ナイフを握るサニーの手は震え、凛として僕に向かってきた女兵士の機敏さはまるでない。もちろん僕はここから逃げることも出来たし、逆にサニーを殺すことだって出来るだろうが、どういうわけか僕の心はいつになく穏やかで、サニーに殺してほしいというような、わけのわからない感情さえ芽生えていた。
「そうだ、ひとつだけ……教えてくれないか。君の本当の名前を」
僕の言葉に、サニーの目から涙が零れ落ちる。
「ミラルダ……」
その時、ミラルダの手からナイフが離され、代わりにミラルダが僕に抱きついてきた。
僕はミラルダを抱きしめながら、何かが満たされていくのを感じていく。
「そうか、ミラルダ……いい名前だね」
「ずるいわ、アンディ。どうして私を助けたの? どうして私を殺さないの? どうして……!」
泣き崩れるようにそう叫ぶミラルダを、僕は強く抱きしめ離さない。
「君にだってわかるだろ? 君が好きだからさ……敵も味方もなく、兵士でもなく、ここにいる時は、僕は僕でいられた。それは君がいてくれたからだよ。何故だろう……僕にもわからないけれど、君に殺されるなら本望なんだ」
「殺すなんて出来ない! 私もあなたが好き」
「ああ、ミラルダ……」
これは、果てしない宇宙の狭間で起こった愛の奇跡……僕らはその後、どちらの国をも離れ、彼方なる星を目指して、愛の逃避行を繰り広げることになる。