261 あなたの夢、ぼくの夢
子供の頃、将来の夢を聞かれて答えた夢を、僕はまだ捨てきれずにいる。
医者、消防士、車掌さん、パイロット、プロ野球選手……数ある中で僕が選んだ職業は、バスの運転手。叶いそうで難しい夢。運転技術は去ることながら、身近で大切な仕事だし、お客さんの命を預かる責任重大な職業だ。
僕がそんな夢を見出したのは、お母さんの影響だ。お母さんと一緒に出かける時は、決まってバス。お母さんは、いつも運転手さんを憧れの眼差しで見ていた。
「将彦。ほら、運転手さん挨拶したよ。繋がってるみたいで素敵よね」
お母さんが言っているのは、すれ違うバスの運転手に交わす挨拶のこと。バスだけでなく、大きなトラックの運転手もまた挨拶をする。それが走っている間中続くのだから、よほど冷静でいないと出来ないだろう。
そんなお母さんの影響で、僕もすっかりバスの運転手になりたいという夢を持った。
「おい。またエンストか?」
十八歳になった僕は、普通自動車の免許を取るにも苦労していた。
「すいません!」
僕は謝り、すぐにエンジンをかけ直す。今日で二度めのエンスト。路上にまで出ている僕に、教官も呆れている。
運転、向いてないのだろうか……と、さすがに頭をよぎったが、こんなところで躓くわけにはいかないんだ。
結局、僕が試験を受けられるまでになったのは、普通の人より遅かった。でも、その頃にはもちろんエンストなんてしなくなったし、車にも慣れた。
「よく頑張ったな。君は飲み込みが遅かったかもしれないけれど、運転に関しては誰よりも丁寧だった。自信を持って、安全運転に取り組んでください」
根気よく僕に付き合ってくれた教官が、最後にそう言ってくれた。
卒業から数年経った今、大型免許を取るにも時間のかかった僕だけど、教官の言う通り、今後も誰よりも丁寧な運転をしようと決めた僕は、今日も安全運転で、人々の生活を繋いでいる。
「将彦」
終点のバス停で、降り際にそう言った女性は、嬉しそうな顔で微笑むお母さん。
「今日も当社をご利用頂き、ありがとうございました」
そう言った僕に、お母さんは笑う。
「こちらこそ。今日も安全運転ご苦労さま。明日も頑張ってね」
「うん」
もう家を離れた僕だけど、こうして毎日お母さんに会える。
「右よし、左よし、出発進行」
指差し確認でバス停を離れた僕に、反対車線のバスの運転手が、僕に手を振る。
「繋がってる……」
お母さんが好きだった運転手だけが交わす合図。その夢を受け継ぎ、手に入れた僕。
僕も手を上げて、反対車線の運転手に返した。
僕にとっても、幸せな瞬間。