260 小さな国王
ウォール王子は小国の王子。病で両親を亡くし、若干十歳で王位を継いだ。
生まれた時から自分に取り入ろうとする家臣たちに絶望し、もはや心を開く者はいない。親友のロッシュ以外には……。
ロッシュは同じ年の親戚で、いわば将来、ウォールの片腕となるべき人物である。子供の世界でも取り巻きの多いウォールにとって、ロッシュだけが自分を人間として見てくれている唯一の友達だった。
「陛下。お目通り願います」
毎日たくさんの謁見、たくさんの書類と向き合わされ、ウォールはうんざりしながら公務に向かう。実務は家臣に頼らざるを得ないのだが、それも暴走しないようにと目を光らせねばならないということは、十歳のウォールには過酷すぎる仕打ちだ。
「なぜ王族に生まれてしまったのか……」
貧しさで生きられない国民がいるのは知っているし、それに比べて自分が恵まれていることはわかっているのだが、今のウォールにはそう言わなければ心が折れそうなのであった。
「ウォールの気持ちはわかるけど、僕はウォールがいてくれなければ困る」
なんの揺らぎもなく言ったロッシュに、ウォールは怪訝な顔をする。
「なぜ?」
「僕の立場だって、取り巻きもいれば公務もある。ウォールに比べたら大変さなんてないかもしれないけど、僕一人ならこなせていない。僕たち二人、支え合わなければ生きていけないんだ」
「そうか。だったら僕も、ロッシュがいなければ困る。本当に、ロッシュがいてくれてよかった」
だがそんな友情も、時が経つにつれて亀裂が入っていく。
「ロッシュは今日も来られないのか?」
苛立ちながら、ウォールは家臣に尋ねる。
「はい。学校が忙しいとのことで……」
「先日もそうだった。次の週末は必ず来るよう伝えてくれ」
中学に上がる頃には、ロッシュはぱたりと王宮に姿を見せなくなった。中学の勉強が大変だとは聞いていたのだが、家庭教師付きで王宮から出られないウォールにとっては、ロッシュという息抜きすら奪われたのである。
次の週末、ロッシュはやっと姿を見せた。
「しばらくすっぽかしてごめん。でも部活に入ってしまったし、週末も忙しいんだ。今日も特別授業を放って来たし、しばらく来られないと思う」
「わかってる。でもひどいじゃないか。僕はロッシュに会えるのを楽しみにしていたんだぞ?」
「でも、今僕にすべきことは、勉強することだ。部活だって思いきりやりたい」「国王の僕に会うより大切だというのか!」
ウォールのその言葉に、ロッシュも口を曲げる。
「ウォールより大切なことなど……でも、そう言われれば悲しい。悔しいよ」
「……もう、無理して会いに来なくていいよ」
ふてくされるように言ったウォールに、ロッシュもため息をついた。
「わかった。じゃあ、そうさせてもらうよ……」
それだけを言って、ロッシュは部屋から出て行った。
「どうして……! ロッシュにまで見捨てられたら、僕は……」
一人呟いたウォールは、思い直して部屋を出て行った。謝れば、ロッシュは許してくれるだろうか。
「しばらくここへは出向きません」
ウォールが外へ出ると、廊下の隅でロッシュと家臣の声が聞こえた。
「なぜだ。陛下にはおまえしかいないのだぞ」
「でも、僕がここで陛下に甘え、勉強をおろそかにしたら、将来の陛下に迷惑がかかります。僕は学校で遊んでいるわけではない。それが陛下にわからないのなら仕方がない。それに、陛下は無理して来なくていいと言ってくださいました」
ロッシュの言葉が言い切らないうちに、ウォールはロッシュの腕を掴んだ。
「ウォール……」
「すまない、ロッシュ。僕が間違っていた。ロッシュの気持ちがわかっていなかった」
「いや……でも、僕だって怒ってる」
「わかってる。叱ってくれて構わない。言った通り、もうここへ来なくてもいい」
そう言ったウォールに、ロッシュは笑った。
「無理をしてまでは来ない。将来の君のために、国のために、僕には今、時間が必要なんだ」
「うん。ロッシュなら出来る。君は将来有能な人間だ」
「馬鹿だな。僕は君の片腕になるために頑張っているんだ。いつか言っただろう。僕たちはどちらが欠けても駄目なんだ。僕には君がいてくれなければ困る」
「僕もだ、ロッシュ。僕も頑張る。ロッシュが姿を見せなくても、ロッシュが頑張っていることを励みに頑張る」
「僕もだ、ウォール。でも、寂しくなったらいつでも呼んでくれ。いつでも駆けつける」
「ああ。ありがとう。親友がロッシュでよかった」
二人はもう一度友情を確かめ合い、別々の方向へと歩き出した。
それからも二人は、子供の頃ほど頻繁ではないが、たまに会っては話が尽きることなく喧嘩もなかった。
そして二人が大人になった頃、二人は立派な国王と家臣となっているだろう。