258 カーテンの向こう側
引きこもって三年の春がきた。
大学受験に失敗したのを機に、僕は一日のほとんど部屋で過ごす。兄弟もいるが、ここ一年ほど母親以外と顔を合わせたこともない。トイレと風呂以外は、いつも部屋の中。
最初の頃は、兄弟たちが無理やり外へ出そうとしたりしたが、母親は僕に甘いから、僕は今も守られている。
そんな僕に期待する人など、もう誰もいない。
「ケンちゃん。ごはん置いておくね。あと、今日から外壁修理の人が来るから、びっくりしないでね」
母親の言葉に返事もせず、足音が去ったのを待って、僕は盆に置かれた手料理を部屋の中へと入れた。気が付けば、激太り。こんなことも手伝って、僕が外に出ないことに拍車をかけている。
その時、鈍い鉄骨の音が外でした。外壁修理の人と言っていたから、足場でも組んでいるのだろう。
永遠に開けられることのないカーテン越しに、僕はそう納得をして、空になった皿を廊下に出した。
ガガガガガ。ゴッゴッゴッゴッ……と、壁の向こうで音がする。
数日間、そんな音に悩まされ、僕はヘッドフォンの音を最大にしてネットゲームを楽しんだ。
「静かになったな……」
数日目の朝、毎日続いていた工事音が止み、あまりの静けさが異様で、僕は思わずカーテンを開けた。
何年ぶりに開けただろう。たった十センチほど開けただけなのに、眩しいくらいの日差しが入った。
そして僕の目に飛び込んで来たのは、まだ組まれたままの足場となる鉄骨の向こうに広がる、庭の景色だった。
ゴクリと、僕は思わず息を呑む。
手入れされた庭。太陽に輝く木々。鮮やかなつつじ。芝生に見える草花。当たり前に見ていたはずの僕の家の庭が、改めて見るとなんと美しい世界なのか。
「ケンちゃん。起きてる? ごはんよ」
その声に、開きかけてた僕の心はしぼんだ。
相変わらず返事もせず、僕は俯き、カーテンを閉める。
こんなんじゃいけない。と思ってはいても、突然出たら家族も驚くだろうし、きっかけがない。
「う……ん」
母親にその声が届いたかはわからないが、僕はその後、時々カーテンを開けるようにした。
最初は十センチ。次に二十センチ。やがて母親か誰かが、僕の部屋のカーテンが開いていることに気付くだろう。だからといって何が起こるとも言えないが、それは僕にとって、少し大人になるってことだった。