254 一夜の引力 (修二目線)
その日、海のそばにある田舎町で、高校の同窓会が行われた。
卒業してから一度も開かれたことのない同窓会に、俺はたった一人を探していた。
(やっぱり来ないのか……)
俺自身、遅れていったのだが、目当ての影は見えない。
落胆したその時、ドアが開く音に振り返った。
(美紀――)
やっとやって来たその人に、俺は目を逸らせない。高校から大学まで付き合った彼女。喧嘩別れした形になったけど、今でも彼女のことは忘れられない。
「修二! 久しぶりじゃん」
そんな声に、俺は現実に引き戻された。途端、彼女と絡み合った視線も絶たれた。
「お、おう。久しぶり……」
彼女ももう、俺を見ようとはしない。
(今日はもうしゃべれないかな……)
会も終盤に差し掛かり、俺はそう感じていた。だがそう思えば思うほど、別の感情が浮かび上がる。
(嫌だ。もう一度、彼女と話したい。べつに元のさやに戻りたいわけじゃない。ただ近況を聞くだけ……他愛もない話で、もう一度前みたいに話したい)
彼女が席を立ったのを機に、俺はトイレへと続く廊下の前に立つ。
すると、少しして彼女がやってきた。
「二次会行くの?」
挨拶も交わさず、俺はそう尋ねた。挨拶……を忘れたっていうこともある。
「う、ううん。そろそろ帰ろうかなって……」
戸惑う美紀。相変わらず可愛い。
「俺も……少し話さない?」
「うん……いいけど……」
俺はやったとばかりに心の中で叫んで、彼女を連れ出すことに成功した。彼女がこういう大人数の席が好きじゃないってことも知っているから。
彼女といると心が和む。たとえ何も話さなくても、なんだか満たされるのは変わらない。俺は荒んだ心を、彼女と話して癒したかっただけなのかもしれない。
そう思ったけど、思いのほか会話は弾んだ。まるで付き合ったことなどなかったかのように、彼女は無防備に接してくる。それがなんだか空しくて悲しくて、俺は忘れていた時間を取り戻した。
「あ……もう終電ないな。どっか……ファミレスでも入ろうか」
「あー、ううん。駅に行くわ」
俺の言葉に、彼女は予想外の言葉を口にした。
「え? でも、もう電車……」
「始発までベンチで仮眠する。このところ仕事が忙しくって、もう限界」
確かに会話の中からも、仕事がきついと言っていた。でも駅で仮眠なんて危険すぎるだろ。
「じゃあ……ホテルでも行く?」
意を決した言葉に、彼女は予想以上に赤くなっていた。
「えっ?」
「いや、べつに何もしないよ。女の子が駅で仮眠とか危ないだろ。俺も早く寝たいし……」
彼女が赤くなるもんだから、俺も必要以上に赤くなったが、やがて彼女が「うん」と言ったので、俺たちは近くのラブホテルに入ることになった。
内心、なんでOKするんだよ。俺が本当に何もしないと思ってるのか? なんて思ったりもしたけど、やっぱり期待はしてしまう。
それから彼女がシャワーを浴びている間、そのシャワーの音を聞きながら、俺は天使と悪魔の誘惑と戦っていた。
ついてきたあいつも期待してんだ。シャワーから出てきたら押し倒す。
いやいや、あいつは本当に疲れてるんだ。俺なんかなんとも思っちゃいない。ここは紳士に振舞わないと、もう一生会ってもらえなくなる……。
そんなことを考えているうちに、寒くなって布団に入った。
気がついたら、目の前には美紀の背中。カーテンから漏れる日差しに、朝だということがわかる。
もちろん、眠った彼女にキスの一つでもしてやりたかったが、嫌われることのほうが怖い……。
なにより、美紀の寝顔がもう一度見れたから、まあいいや。