251/371
251 ビッグバンドが聞こえる
しがない歌い手の俺に敵は多いけれど、俺を支えてくれた人はそれ以上にいる。
俺にギターを教えてくれた人、俺に生き方を教えてくれた人、でもそんな先輩たちは、この世界から消えていった。
それはカラオケという技術が街に進出してきた頃。最先端の技術に驚き誇りに思いながらも、一方でバンドマンの先輩たちは職を失くした事実がある。
「さあ、始めようか」
俺の後ろで聞こえる声は、もうあのしゃがれた声のバンドマスターではない。カラオケを操作する店のマスターだけだ。
それでも俺は歌い続ける。うまいバンドマンだった先輩たちではなく、しがない歌い手から始まった俺にはまだ職があるという皮肉さ。
でも俺には聞こえるんだ。カラオケの向こうに聞こえる、ビッグバンドの重い音色が。