250 生涯の友
戦後直後に生まれた僕らは、怒涛の復興を目の当たりしにつつも、それに流されて生きていた。
例えば、僕らが小学校に入る頃には、すでに裕福な家と貧乏な家とに分かれていたし、裕福な家の中でも兄弟のお古の服を着たり、贅沢出来ない部分も多くあった。
裕福な家でさえそれなのだから、貧乏で、更にドのつく僕の家なんか、いろいろ惨めな思いを背負わなきゃならなかった。
「今から配るものは、修学旅行の紙です。ご両親に見せてください」
その日、僕は配られたプリントを見て絶望した。
旅行は、ただ近くの町に行くだけのもの。だが、書かれていた旅行でかかるお金は、今の家庭状況から絞り出せるものではない。もちろんみんな積み立てているはずだが、僕の家はそれすら出来ない。僕が毎朝牛乳配達のアルバイトをしても、僕の思い通りになるお金でもないんだ。
「先生。うちはちょっと……」
教室を出ていく先生にたったそれだけを言うと、先生はわかったような顔をした。
「そうか……どうにかならんのか? 最後のイベントだぞ」
「無理です。うちは……」
「そうか……先生も、校長にかけあってみたんだがな。おまえだけ特別優遇は出来ないと言われてな……」
「いいんです。僕、もともと行けるなんて思っていなかったから」
「修学旅行には行けなくても、学校には来てもらうぞ」
「わかってます。遠足の時もそうだったから。自習でも予習でもなんでもします」
僕がそう言ってお辞儀をすると、後ろから声が聞こえた。
「先生。僕も修学旅行行けないです」
驚いてその声の主を見ると、いわゆる裕福な家庭である江浦君がそう言っている。
「江浦、おまえがどうして……」
先生も困惑気味だ。
「僕の家、クリスチャンだから。寺や神社めぐりしたって、僕は中には入れません。そんな旅行つまらないでしょ。だったらこっちで勉強でもしていたほうがよっぽど有意義です」
まるでインテリのような口調で、江浦君は真っ直ぐに先生を見て言った。
「ま、まあ、おまえのご両親がいいというのなら……」
「近々、その旨手紙を書くようにしてもらいます」
先生はわかったと言って、その場から去っていった。
僕は江浦君を見つめる。あまりしゃべったことはないが、交流がないわけでもなく、修学旅行に行かないというだけで、仲間意識さえ生まれている。
「もったいないな。行けるのに行かないなんて……」
ぼそっと言った僕に、江浦君は苦笑する。
「ごめんね。行きたいのに行けない人もいるのに。出来ることなら代わってあげたいけど……遠足の時も同じような寺巡りだったから、結局僕は門の中にも入れずにつまらなかったんだ。修学旅行の二日間、よろしく」
「こっちこそ」
この時、僕らは固い握手をした。この握手の友情が、この先、何十年も続くとは思ってもみなかったけど。
「江浦」
僕は会う度に、彼と握手をする。彼もそれを返す。
あれから僕らは、学校も別々になったが、連絡はまめに取っていた。互いの結婚式にも行ったし、互いの子供も抱き上げた。
そして彼は企業の社長、僕は小学校の先生になり、今、僕は、彼の子供たちの成長を見届けているんだ。
その逆に僕の子供たちは、彼の会社にお世話になることもあるかもしれない。
きっかけは些細なことだった。階級もまるで違う僕らが、ここまで通じ合えるなんて誰が想像出来ただろう。いや、僕自身も思っていなかったはずだ。
でも、僕は生涯の友達と呼べるやつに出会えた。そしてそれを、向こうも言ってくれていると信じている――。