247 オニゴッコ
近年、犯罪が増える一方で、政府がある法案を通した。「個人識別法案」だ。
かつて番号を振られていた日本だが、それだけでは不十分ということで、すべての日本にいる人間に、チップを埋め込むのだ。
赤ん坊は生まれた時点でそれを首に埋められ、大人たちもまたここ数年の強制執行により全員が埋め込まれた。日本国籍を持たず日本に移住している人間もまた空港でそれを埋め込まれるため、徹底した管理となっている。
「次の信号を右に曲がりました」
イヤホンから聞こえる指示に、警官たちは獲物を追う。
チップを埋め込まれた人間は、政府のコンピューターによって居場所が特定出来るようになっている。
プライバシー保護など、犯罪者一掃が優先を合言葉に、今の時代には存在しない。
「俺は何もやってない!」
警官たちを振り切って、男は逃げ続けた。
軽犯罪でも、捕まれば刑務所行き。それもまた溢れかえる刑務所の対策で、軽犯罪でも死刑になることさえあった。
「何もやっていないなら、堂々と取り調べを受けろ」
警官たちの言葉ももっともだが、チップの正確性は政府のお墨付き。たとえ欠陥があったとしても、それは認められないといわれている。
つまり、誤逮捕で捕まろうが、捕まってしまえば終わりだ。とはいえ、チップが埋め込まれている限り、追われ続けることになる。
「くそ! こんなチップのせいで!」
男はそう叫びながら、ついに警官たちに捕まってしまった。
「ゲームオーバーだな」
「俺は何もやっていない!」
「嘘つけ! じゃあ昨日は会社をさぼってどこにいた?」
「ちょっと仕事の合間に、車で寝てただけじゃないか」
男を押さえつける警官の手が、一層強くなる。
「いや。パチンコ屋に入ったはずだ」
「入ったけど……すぐに出たよ」
「おまえが使ったその台で、不正ロムが見つかった」
「俺じゃない! 昨日だって全部スッたんだから!」
「嘘をつけ。おまえが最後に使った台ってことは、データが証明してるんだよ!」
「俺じゃない!」
抵抗し続ける男を見て、警官はため息を漏らす。
「やれやれ。強情な兄ちゃんだな。じゃあ、馬鹿でもわかるようにおまえに見せてやる」
そう言って、警官はトランシーバーに液晶画面がついたような、特殊な機械を見せる。
「この機械はな、チップを埋め込まれた人間の居場所を特定してくれる。これに、おまえの認識番号を入力すると、ほらこの通り……」
そこで、警官は目を疑った。
液晶画面に表示された赤い点が、真ん中を指している。つまり、今、警官が捕らえているこの男を指していることに間違いない。
だが、その他にも無数の赤い点が、近所を無数に徘徊しているのだ。
「な、なんだこれは! どういうことだ!」
奇しくも逮捕を免れた男の職業は弁護士。そこからチップの曖昧さ、バグなどのずさんなシステム、管理体制を指摘され、「個人識別法案」通称・チップ法は廃止となった。