246 旅立ち
「リト。本当に行くのか」
リトと呼ばれた少年は、コクリと頷く。
「だが、リト。道は険しいぞ」
リトの前には、数人の男たちがいる。村の長たちだ。
明日、リトは旅立とうとしている。高い山間の小さな村を出るには理由がある。
今年、村は壊滅的な飢饉に見まわれ、食べ物も底を尽きた。
「このままでは、あと三月ともたないでしょう。種まで底をつき、次の収穫すら出来ません。このまま待っていても死を待つだけだ。外の世界には、食料も豊富だと聞いた。僕が行って、種や食料をもらって来るよ」
リトを信じたい気持でいっぱいだが、あの険しい山を、少年の足で登れるかは疑問だ。だが、他の者は年老いており、誰も名乗り出ない。
「止められても行く」
強い意志のリトに、村人たちも承諾せざるを得なかった。
「兄上」
リトが家に入るなり、出迎えたのは小さな弟と妹だ。両親はおらず、二人のためにも行かなければと思った。だが、年頃の自分がいなくなることが、どれだけ村に痛手となることも知っているため、決心が鈍る。
「明日、行くことになった」
「本当に? 私たちも付いて行きます」
「駄目だ。おまえたちはまだ、村から出たことすらないじゃないか。僕はあの山の中腹まで行ったことがあるし、大丈夫。それにおまえたちは、父さんたちが残したこの家を守るという使命がある。ここに残ることも、食料がなくて辛いことになるだろうが、僕が帰るまで元気で堪えておくれ」
「はい、兄上……この家を守ります。だから兄上も、元気で行ってきてください」
「ああ。おまえたちを残していくのが心残りだが……僕も頑張るよ」
次の日の朝、リトを送りに村全員が顔を出した。
「リト。途中まで我々も送ろう」
数人の長たちが、そう言ってついていく。
リトは頷くと、村人たちに手を振り、村を出て行った。
「リト。みんなで集めたものだ。道中で食べなさい」
食料が底をつきそうな現在、差し出された袋の中には、いっぱいの木の実が入っている。
そのありがたさを噛みしめ、リトはそれを受け取った。本当は、半分は弟たちに渡してやりたかったが、自分のためにかき集めてくれていた手前、それを言い出すことは出来なかった。
「ありがとう。じゃあ、行ってきます」
リトの背中が、だんだん遠のいていく。そして見えなくなった。
あの山を越えるのは賭けに近い。何人もの村人が、登りきれずに命を落としてきた。それでも、リトを行かせるしかなかった。
リトは負けなかった。躓いても転んでも、決してへこたれない。先が見えなくとも、疲れ切っても、その歩みを止めることはなかった。
そして数週間経ったある日、リトは新世界を目の当たりにすることになる。
「これが、世界……」
山を超えた麓には大きな村があった。川が流れ、整列した木が生え、黒く元気な大地が広がる。
痩せた土地に住まうリトの村とは比べものにならないが、かつてあの山を越えた村人もおり、この大きな村のことは少なからず言い伝えられていた。
「あの山間部の村の子か!」
リトは事情を説明し、村長に会った。
「どうか種を分けてください。土地に合うかはわかりませんが、山の木も枯れ果て、もう食料は底を尽きているのです」
数日後。数人の若者たちを連れ、リトは険しい山道を戻っていった。
「リト!」
「兄上!」
死んだと思って送り出した村人たちは、その奇跡の生還に歓喜する。
しかも、一緒に来てくれた若者たちは、家畜とともに食料をどっさりとこさえている。
「大変だと聞いてやってきました。こちらをお納めください」
村人は泣いて喜び、リトは英雄になった。
そして数年後には、切り立った山の間にトンネルが出来、村同士の交流も盛んになっていったのである。