表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
236/371

236 生贄

 これは、都会の真ん中で起こった物語。

 探偵になって一年にも満たないサキは、二十歳の男。今日もスーツを身にまとい、車の中からマンションの一室を見つめる。

 その時、電話がかかってきた。社長からである。小さな探偵事務所のため、社長自らが仕事をすることも多い。

『サキ。そっちはどうだ?』

「動きなしっス」

 社長の低い声に反して、まだ若々しい声のサキが、軽い口調でそう返す。

『こっちの仕事終わったから、今からそっちへ行く。Aが動いたらすぐに知らせろよ』

「了解」

 サキは電話を切って、溜息をついた。

 テレビドラマのように格好の良い職業に就きたいと思い、この仕事を選んだが、事件を追うよりも浮気調査や身辺調査が大半を占めていることを、嫌というほど思い知らされている。

 今回の仕事も、夫から依頼された妻の浮気調査である。

 その時、見張っていた依頼人の部屋に、一人の男が入っていくのが見えた。

「動いた!」

 思わずサキはそう言って、気付かれないようにカメラを構える。

「証拠を押さえなきゃ……」

 サキは車を降りると、依頼人の部屋が見える、目の前のビルへと向かおうとした。

 だがその時、依頼人の部屋から、さっき入っていった男が出てくるのが見えた。

「さっき入ったばかりなのに……こりゃあ事は済んでないな……」

 ない頭を捻るように、サキは空を見上げて考え込む。

 すると、男が階段で降りて来るのが見えた。

「なんだって十階から階段で下りてくるんだ……?」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、サキは階段を降りている男をカメラに収め、エレベーターへと乗り込む。あのまま下にいては、男とはち合わせてしまうためだ。

 念のため、依頼者宅のある十階へ降りてみたが、特に変わった様子はない。

 だが依頼者宅の前まで行って、サキは眉を顰めた。依頼者宅の玄関ドアが、十センチほど開いているのである。

「ずいぶんと不用心だな……」

 ふとサキがドアの中を覗き込むと、部屋の中に人の足が横たわっているのが見えた。

「あ!」

 サキは後先何も考えず、部屋へと乗り込んでいく。

 すると中には、この一週間追い続けていた、依頼者の妻が腹から血を流して倒れている。

「あ……あ……!」

 揺すっても何をしても、妻は目を覚まさない。脈はすでになく、完全な殺人事件である。

 その時、ドアが閉まる音が聞こえ、サキは玄関へと走っていった。だが、鍵は掛かっていないのに、まったく開く気配がない。

「と、閉じ込められた?!」

 パニック状態になりながら、サキはポケットを探る。

「そ、そうだ。社長……」

 しかし、こんな時に限って電池切れ。部屋にあった固定電話も、電話線でも切られたようにまるで繋がらない。挙句、隣の部屋は空き部屋で、角部屋のため逆の隣もいない。依頼人である夫は海外出張中である。

「なんてこった……!」

 顔面蒼白になりながら、サキは死体の転がる部屋で、途方に暮れていた。

「落ち着け。社長がこっちに向かっているはずだ。車を置いて俺がいなくなれば、きっと探しにきてくれるはず……」

 そう思ってベランダに出ると、サキが乗っていた車がレッカーされるところだった。

「おーい! 俺の車だ! 誰か助けてくれー!」

 そう叫んでみたが、騒がしい都会の真ん中。しかも近くは道路工事やビルの建設で、昼夜を問わず騒がしい。

「クソッ。落ち込んでいる暇はないぞ。これは大事件だ」

 サキは辺りを見回す。小ざっぱりとした室内に、ロープや梯子はおろか工具すらないが、ふと目の前にあるファックスが気になった。

 中を開けると、ロール状のファックス用紙がある。

「よし、これで……」

 長いファックス用紙に、SOSと部屋番号を何度も書き、サキはベランダからそれを落とした。

「誰か! 助けてくれー!」

 力一杯に叫び、風に舞う長い紙。やがて風に煽られ飛んで行ったが、確実に何人かの目はこちらに注がれている。

「うおー! 助けてくれー!」

 泣きながら叫び続けるサキ。

 それから数時間後、玄関のドアが開き、サキは驚いて振り返った。

 するとそこには、数人の警官がいる。

「お、おまわりさん!」

 サキが駆け寄ると、警官たちは死体を見て驚いている。

「お、おまえがやったのか!」

 警官たちの第一声が、まったく思わぬ言葉だったので、サキは呆気に取られ、何度も首を振った。

「ち、違います!」

「じゃあ、この状況はなんなんだ」

「僕がここへ来た時は、すでに……そ、そうだ! 僕、犯人の写真撮ってます!」

 パニック状態でいながらも、自らの潔白を証明させるため、サキは先程撮った犯人がこの部屋に入っていく写真を、カメラの液晶に写して見せた。

「……確保!」

 しばらくして、警官たちの言葉に、サキは捕えられた。

「な、なんで!」

「この顔に見覚えはないというのかね?」

 警官たちに見せられたカメラの液晶画面を見て、サキは驚いた。そこに映っているのは、紛れもなく自分の顔なのである。

「わ、罠だ! これは……何かのトリックだ!」

 撮影中は遠くて顔もわからなかったが、そこに映し出されているのは、どこから見てもサキ本人。だが、なぜそこに自分がいるのかが説明出来ない。

 警官たちは、サキを重要参考人として確保。サキは捕えられた。まるで生贄のように――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ