231 さよなら、地球
地球最後の日。
巨大隕石が降り注ぎ、地上は海に呑まれ、氷河期が地球全体を包み込む――。
いや、そんな時期を過ぎた今、地上は驚くほど静かだった。
「寒い……」
男は一人、身をよじらせて空を見上げた。もはや空に層というものはほとんど存在していないため、宇宙がすぐ近くのように見える。
人類のほとんどは火星に移住した。だが貧しい人間や忘れ去られた人々は地球に残され、もはや群れさえなく生きている。いや、もはや生きている人間が他にいるのかもわからない。
男は何もない大地を目に焼き付けるように見つめると、静かに歩き出した。
「そろそろ行こうか……」
少し歩くと、二十世紀のロケットのような旧式ロケットがあった。
男はそれに乗り込むと、中には同じ年くらいの女性がいる。
「いよいよ行こうか……」
男の言葉に、女は静かに頷く。
このロケットを見つけてかなりの年月が経つ。朽ち果てた塗装を出来るだけの補修し、燃料をかき集め、操作を覚え、やっと今日を迎えていた。その間に、誰か一人くらい会えるだろうかとも思ったが、誰もいない。
「やっぱりもう、地球には私たち以外誰もいないのかしら……」
「……僕たちがいる。ここを脱出しよう。もし空中分解しても……もう悔いはないだろ」
「ええ。あなたと一緒なら怖くないわ」
「じゃあ……」
「ええ……」
「行こう」
二人は静かに深呼吸をすると、互いに抱き合い、そして静かにコックピットの位置についた。
「僕らはアダムとイブだ。最初の人間じゃなくて、最後だけれどね……」
「最後じゃないわ。また新しい世界を創りましょう」
女の言葉に、男の顔が晴れやかになる。
「ああ。そうだね」
「行きましょう」
「行こう」
何もない地上に、何百年ぶりかと思われるほどの物凄い火柱が上がった。