230 ネコとぼく
僕はいつも損をする。隣の家に住む幼馴染みのネコに、振り回されっぱなしだからだ。
ネコといっても、本物の猫じゃなく人間だが、人間だから余計にたちが悪いんだ。周りがそう呼んでるから、僕もあいつをネコと呼ぶ。一つ年下の女の子だが、女の子だから余計にたちが悪いんだ。
「あーくん、おはよう。一緒に学校行こ」
中学生になったネコが僕を呼ぶ。嫌だと言っても行く場所は同じ。それに子供の頃から毎日家の前で待たれては、逃げ場なんかないんだ。
「お、今日も夫婦揃って仲がいいね!」
学校に行く前に会った友人たちが、からかうように僕らに言う。毎日うんざりするほど同じ光景だが、ネコは全然気にしていないようで、時にはそのからかいに乗っかったり、時には全面否定をする。
僕はちらりとネコの横顔を見る。今日はそんなからかいには無視した様子で、ただ前を見て歩いている。
「なに?」
僕の視線に気付いたのか、ネコが僕を見つめた。こうして一緒に学校に通っていても、目が合うのは久しぶりだと気付いた。
「いや、べつに……」
少し照れて、僕はとっさに目を逸らす。ネコはお世辞抜きで可愛い。子供の頃はそんなこと思ったことなかったけど、大きくなるにつれ女の子として見られるようになったのは、単純にネコのつくり(と言ったら怒られそうだけど……)がいいからと、友人たちがそう言っているのを聞いているからだ。
「そうだ、あーくん。高校決めた?」
突然の質問に、僕は空を見上げる。
「ああ……多分、西高」
「そうなの? あーくんなら、もっと上行けるのに」
「上なんか狙ってないし。西高なら、知ってるやつ結構行くみたいだからさ。おまえは?」
「私は……お母さんから女子校に行けって言われてて、迷ってるんだ」
それを聞いて、僕は一瞬言葉に詰まった。心のどこかでこの当たり前の生活が、ずっと続くと思っていたんだ。
「え……そうなんだ。おまえが女子校?」
「失礼だなあ。お母さんの母校なんだけどね」
「じゃあ、お嬢様学校じゃん。おまえなんか似合わねえよ」
「そうだとは思うけど……」
嘘だ。ネコのセーラー服姿が容易に浮かんだ。女子校ならば他の男に持って行かれないだろうか。いや、逆に電車通学になって危ないかもしれない。
「……やめとけよ」
がらりと雰囲気を変えたように、僕は低い声でそう言った。
「どうして……?」
ネコもまた雰囲気を変えてそう尋ねた。
僕は答えに困る。
「どうしてって……いろいろ危ないかもしれないだろ。電車通学なんて痴漢の巣窟だし、女子校のエロ教師がいるかもしんないし、女子校だったら、おまえだって女に走るかもしれないだろ」
めちゃくちゃを言って、僕は自分で何を言っているんだろうと思った。
「ようするに、あーくんは私と同じ学校に行きたいんだ?」
ズバリを言われて、逆に僕は窮地に立たされた気がした。
「そ、そうは言ってないだろ。西高じゃなくとも、近くに学校いっぱいあるんだし……」
「そう? 西高じゃなかったら、桜高とか北高とか? 桜高は電車じゃないけどバスになるよね。北高は不良ばっかりで怖いって聞くし。でも西高じゃ駄目って言うなら、やっぱり……」
「べつに駄目なんて言ってねえよ!」
「本当? じゃあ、同じ学校でもいい?」
またこうだ。僕が馬鹿だからかもしれないけど、こうしてどんどんネコの望むべく言葉を言わされてしまう。でも、それがなんだか嬉しくて、こいつを憎むなんて出来ないんだ。
「一緒の学校でも……いい、よ」
しどろもどろで言った僕に、ネコは満足げな笑みを見せている。
「そっかそっか。あーくんがどうしてもって言うなら仕方ないね。女子校諦めて、西高にしてあげるよ」
「なんだよおまえ、その上から目線は!」
「あーくんが土下座して同じ高校言ってくれって頼んできたって、クラスのみんなに言いふらそう!」
「おーまーえー!」
僕はいつも損をする。そんな相変わらずな僕ら。でももう少しだけ、この関係でいさせて。