023 駆け落ち
東京駅のホームに、二人の若い男女がやってきた。
思いつめた様子で、小さめの旅行バッグを手に、夜行列車に乗り込む。
「慎二……」
不安げにそう呼ぶ女性に、慎二と呼ばれた男性は、静かに微笑む。
「大丈夫だよ。真実」
二人は手を繋ぎ、無口に戻った。
反対された恋、二人は今日、駆け落ちを実行する。
「早くここから出たい……」
「ああ。何処か遠くへ行こう。一刻も早く……」
しかし、発車時刻になっても、一向に電車は動く気配を見せない。
その時、前の車両から、見なれた顔が見えた。
女性・真実の父親である――。
「お父さん……」
真実は震えて、慎二に抱きついた。
だが、それを父親は許さない。
「話は後だ。早く降りろ!」
有無も言わさず、二人は父親に列車から引きずり降ろされた。
「嫌! お父さんがどんなに反対したって、私は慎二が好きなの! もう嫌よ。慎二と一緒にいられないなら、死んだほうがいい!」
真実の言葉に、父親の平手が飛ぶ。
「娘の幸せを願わない父親がどこにいる? この男は、おまえにはふさわしくない。それだけだ。愛だけじゃ、何も出来ないんだよ!」
慎二は俯き、拳を握った。
慎二は若いが、最近まで結婚しており、実の子供までいる。職業も安定していない。
でも二人の間には、愛がある。いや、愛しかない。
「お願いします!」
突然、慎二は、コンクリートのホームに土下座した。
「確かに、僕は最近まで結婚していて、子供もいます。だけど、真実さんを愛しています。僕も離れたくありません。でも、お父さんの気持もわかります。僕も一応、父親の端くれですから……どうかチャンスをください! 結婚歴は変えられませんが、きちんと働きます。お父さんが納得してくださるまで、結婚はしません。だからどうか、お付き合いだけは許して下さい!」
「私からも、お願いします!」
公衆の面前で頭を下げる二人だが、父親の目は冷ややかなものだ。
「口では何とでも言えるだろう。一年だ。一年でおまえの生活をきちんと形にしろ。それまで、真実は家から出さん」
「お父さん!」
「真実と会う時は……家で会いなさい。我々家族と一緒に食事をし、会話をし、人間として認められるまで、家に通いなさい」
「ありがとうございます!」
慎二はもう一度、深々と頭を下げる。
交際を禁じられたわけではない。今まで取り付くシマもなかった真実の父親にしては、大きな前進と言えよう。
「もうやめなさい。私が苛めているようにみえるじゃないか。だが、駆け落ちは許さん」
「……はい。申し訳ありませんでした」
心を入れ替えたように、慎二は頷いた。
真実は不安げな表情を向けているものの、腹を決めた様子の慎二に、自分も気を落ち着かせようと思った。
「帰るぞ、真実」
それ以上何も会話の出来なかった二人だが、永遠の別れは避けられたはずだ。
慎二の目に映った真実の父親の背中は、大きく切なく見えた。
それは、小さな子の父親である慎二にとって、未来を示す先人にも思えた。




