229 おじさんのラブレター
両親が離婚し、母に引き取られた僕は、母方の祖父母の家に引っ越すことになった。
古めかしい日本家屋のその家は、線香の匂いが漂い、夏休みと正月くらいしか来る機会のないこの場所に自分が住むということは、なんだか不思議な気がした。
「いらっしゃい。よく来たわね」
笑顔で出迎える祖父母に、僕は背負ったランドセルを気にもせず、深々とお辞儀をした。
「お世話になります」
そういった僕に、祖父母は笑う。
「いいのよ。家族なんだもの。これからよろしくね」
家族――という言葉が、今の僕にとってはあまり実感のない言葉のように感じられた。だって僕の本当の家族は壊れ、壊れたからここにきたのだ。
両親が離婚して卑屈になったことはない。ずいぶん前から家庭は冷え切っていたし、僕は子供ながらに両親が離婚することがわかっていた。冷え切った夫婦の間にいた僕も、居心地が悪かったから、離婚したと聞いた時には、少しほっとしたのが事実だ。
「この部屋、自由に使ってね。お掃除したんだけど、机とか、道隆の荷物が残っているの。大きな物で運べなかったから、悪いけどそのまま使ってちょうだいね」
祖母に言われ、僕は母の部屋の隣にある部屋に通された。そこは母の弟の部屋で、今日からここが僕の部屋になるらしい。道隆というのは、叔父の名前だ。
新しい場所で心機一転出来るのは、今の僕にとっては不安よりもわくわくという気持ちのほうが大きい。
部屋には社長みたいに大きな机と、ベッドがある。叔父さんはとっくに独立し、子供もいるくらいだから、もうこの部屋には戻ってこないようで、僕が住まわせてもらうことになったんだ。
祖母が片付けてくれたということで、机の中は空っぽ。僕は早速、自分の筆記用具などを詰めた。大きな机だから、この引き出しが埋まることはずいぶん先の話だろう。
「あれ?」
荷物を入れ終わって引き出しを閉めようとしたが、最後の最後でうまくしまらない。古そうな机だからたてつけが悪いのかと思って覗き込むと、引き出しの奥深くで何かが挟まっている。
「うーん」
僕は短い手を思いきり伸ばして、指先でそれを取った。
そこで手にしたのは、薄いピンク色の封筒。封は開いていて、表には叔父さんの名前がある。
僕は悪いと思いながらも、その封筒を覗いた。すると中には、数枚の便箋が綺麗に畳まれている。
「……叔父さん、ごめん!」
そう言いながらも、好奇心が先走り、僕は便箋を開いた。
中にあったのは、綺麗な女の人の字である。
道隆くんへ
いよいよ卒業ですね。サークル活動にみんなとの旅行、私の中ではとても楽しい大学生活でした。
あなたにきっぱりふられた身だけど、もう一度だけ言わせてください。私はあなたのことが好きでした。出会ってからずっと。
でも、あなたには心に決めた人がいるんですものね。彼女は私の友達でもあり、ライバルでした。でも、あなたが彼女を選んだから、私は別の道を歩まなければならないのですよね。それはとても残念に思いますが、あなたと彼女を応援したいという気持ちもあるんですよ。
でも最後にもう一度だけ言わせてください。私はあなたが大好きでした。それがいつか思い出話になるまで、どうか忘れないでいてください。
きっと次に会う時は、笑顔で会えると思います。お幸せに。
それを読みながら、僕の心臓はバクバクいっていた。まだ小学生の僕には、あまりにも大人な感じの文章で、ついていけなかったんだ。
これを読んだ叔父さんはどう思ったんだんだろう。叔父さんが選んだのは、今の叔母さんなのかな。この女の人はその後どうなったのかな。そんなことをいろいろ考えながら、僕もまた新たな人生を始めなくちゃならない。
両親の離婚によって学校も変わった僕は、新しい学校に通い始める。
「これ、読んで」
しばらくして、僕は新しい学校のクラスメイトの女の子に、手紙をもらった。ラブレターだった。
あの叔父さんの机にひっそり残っていた手紙には遠く及ばないけれど、僕はそれだけでまた新しく頑張れるような気がした。いつか叔父さんがもらったラブレターに似たものをもらえる大人になれるように。そんな恋が出来るように。