226 幼き恋の物語
幸太は路地裏から顔を覗かせた。
いつもこの時間に通る、クラスメイトの志保を待っているのだ。とは言っても、待ち合わせをしているわけではない、いわゆる待ちぶせというやつではあるが、奥手な幸太にとっては、それが精一杯の行動。
「来た……」
志保の姿を見つけ、幸太は路地裏に身を寄せた。
毎日ここで志保の姿を見つけては隠れ、通り過ぎたのを見計らって出ていく。そして数メートル後ろを歩く。
大人であれば完全なストーカー状態ではあるが、小学生の幸太は、まだ可愛げのある行為であることは、毎日その光景を見ている商店街の人々の間では有名な話だ。
「幸ちゃん」
路地裏の幸太は、突然横からそう呼ばれ、驚いて立ち上がった。
そこには憧れの志保がいる。
「し、し、志保ちゃん……ど、どうしてここへ?」
「だって幸ちゃん、いつもここから出てくるじゃない? ここのお店が幸ちゃんの家だっていうのは知ってるし……」
商店街の路地裏。表の店は幸太の家が経営している煎餅屋だ。
「し、知ってたの?」
「ううん。昨日、真由ちゃんが言ってたの」
真由というのは、同じ商店街に住む幸太の幼馴染みである。当然、幸太の好きな子が志保ということは筒抜けであり、一番頼りたくない相手でもある。
「真由のやつ……」
「幸ちゃん、志保のこと好きなの?」
突然そう言われ、幸太は拍子抜けした。
「な、なんで……」
「だって、こうして志保のこと待ってたんでしょう?」
「……ま、待ってなんかないや! 自意識過剰女!」
ズバリを言われて行き場を失った幸太は、思わずそう言って、走り去って行った。
学校に着いた幸太は自己嫌悪に陥り、志保にも無視されるようになったのは言うまでもない。
そして見知らぬところでほくそ笑んでいるのは、この物語には名前だけの登場となった、幸太のことを好きな真由であることは、一応耳に入れておいてもらおう。