225 真夏の陽炎
ふらふらとふらつきながら歩いている男が、ビル街の真ん中にある小さな公園で、ぐったりと座り込んだ。
「あっちぃー」
真夏の炎天下、男は背広をバタバタと仰ぎ、風を入れる。
ふと見ると、同じような営業マンが木陰で休んでいるのが見え、男はふうと溜息をついた。
「こんな炎天下に営業回り。辛い以外のなにものでもないが……妻が働いてもギリギリの生活。俺が頑張らなきゃどうにもならねえしなあ」
煙草に火をつけ、男は空を見上げる。
すると、なぜかゆらゆらと、辺り全体に陽炎が見えた。
「こ、こんなところに陽炎? 陽炎ってのは、地面のそばとかに見えるもんで……」
ぶつぶつと男がつぶやくと、陽炎の向こうに男の子供が見えた。
「パパ!」
「おい! なにやってんだよ、こんなところで……」
そう言って立ち上がり、男は子供の元へと歩いていく。
そこで男は、ふらっとそのまま倒れ込んだ。
「パパ! パパ、大丈夫?」
子供の声が近くで聞こえ、男は苦笑した。
「悪いなあ。大丈夫だよ。こんなところでコケるなんて、情けない……」
男が目を開けると、そこはがらりと変わって部屋の中だった。
だが、目の前には妻と子供の姿がある。
「……ここはどこだ?」
「病院よ。気が付いたのね?」
「病院? ああそうか、俺は倒れたんだっけ……そのまま意識がなかったってわけか」
「なにを分析しているのよ。今、お医者様を呼んでくるわね」
妻はそう言って、病室から出て行った。
「……ごめんな。びっくりしたろ?」
男は子供の頬を撫で、そう言った。
「ううん。私が声を掛けたから……」
「いいんだよ。でも情けないよ。おまえの前で倒れるなんてさ」
「そんなことないよ。私がいなかったら、発見が遅れていたかもしれないんだよ。そうしたら、パパ……」
「そうだな。ありがとう……」
熱中症で倒れたというが、翌日から男はまた働き始める。
やはり辛い仕事ではあるが、誇りを持っているから働ける。
また、今度のことで妻と子供から新たな絆というものをもらった気がして、男は立ち上がった。
「さて、今日も頑張りますか」
男の手には、妻から持たされた氷とスポーツドリンクが握られている。
頑張りすぎには、ご用心。