223 傘をどうぞ
中学校の昇降口、彼女はただ空を見てる。空は降り始めの雨で、すっかり灰色になってしまった。
僕は放課後の教室、その光景を見ているだけだ。そう、見ているだけ――。
彼女はクラスメイトで、特にマドンナ的存在でもなければ、目立つ存在でもない。でも、話しかければほっとする。笑顔が可愛い、僕にとっては憧れの子。
今日も持っていた自分の傘を、後輩に貸してしまったため、自分が困っているお人好し。でも、僕は彼女のそんなところが好きなんだと思う。
やがて彼女は、雨の中を飛び出していった。きっともう、この雨が止むことがないと悟ったからだろう。
僕は肩を落として、握りしめた折り畳みの置き傘を持って、さっきまで彼女がいた昇降口へと向かう。
あと五分、あと十分……そうしたら、勇気を出して傘を差し出そう。
そう思ってタイミングを逃した臆病な僕には、思い切りというものがないんだと、自分で自分が嫌になった。
早歩きをしたら、あるいは走ったら、彼女に追いつくかな……会ったらなんと言えばいい? 偶然を装って、あくまでも自然にふるまえるだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、学生向けのパン屋の軒先に、彼女がいる。きっと少しずつ走っては、そうして雨宿りをして家まで向かうのだろう。
チャンスだ――。そう思ったが、僕は心と反対に、傘で顔を隠す。
ああ、僕はなんて駄目な人間なんだろう。このままずっと勇気も出せず、卒業するのかな。一生こんななのかな……いや、僕だって……。
僕はふと顔を上げた。すると、彼女と目が合う。
僕はどうしていいかわからず、不自然に立ち止まってしまった。
ふと彼女を見ると、彼女は苦笑し、手を振っている。バイバイのしるしだ。
僕は無言のまま彼女に会釈をすると、歩き出す。だが数歩歩いたところで思い直し、彼女の元へ歩いていった。
目の前には、驚いている彼女。僕は持っていた傘を、無言で彼女に差し出した。
まだ言葉に出来ない、僕の精一杯の、勇気。