215 果てなき世界
「この広い宇宙の中で、どうして宇宙人はいないと言い切れるね? なぜ地球だけに生命があると思うんだね? 我が地球に住む人類は、それこそ日々成長を遂げ、宇宙の果てに夢を馳せている。けれど、他にしていることはなんだと思うね? 無意味に命を引き延ばし、無意味に殺し、その命を食べて生きている。宇宙の目から見れば、なんと下等な生物だとは思わないかね?」
独特の口調で、先生はそう言った。
「では、能書きはここまでにして、この一枚の紙に、宇宙を書きなさい。それが明日までの宿題です」
そう言って、先生は授業を終わりにした。
私はすっかり悩んでしまい、真っ白な画用紙を見つめている。
「どうしたの? 食堂行かない?」
クラスメイトが、そう言って私を促す。
休み時間になったというのに、私はその真っ白な画用紙から目が離せない。
「うん、行く……でも、難しい宿題だね」
「そう? 宇宙なんて広いってわかってるんだから、私だったら地球を小粒に書いて、たくさん星を書いちゃう」
「なるほどね……」
私はまだ悩みながらも、一先ず宿題から離れ、昼下がりの食堂へと向かっていった。
帰ってからも、私は宿題に頭を悩ませた。宇宙を書けとは、難しい宿題を出されたものだと思ったが、他の生徒たちはそうでもないらしい。自分だけが悩み過ぎなのかと思うと、それもまた悩みとなった。
次の日、私は他のクラスメイトの宿題を見て唖然とした。色鉛筆を使って絵のように仕上げている子、地球から見た宇宙を書いている子、いくつもの宇宙を書いている子、それこそ多種多様だった。
そんな中、私は何も書かず真っ白なままの画用紙を、恐る恐る先生に差し出す。
「……これはどういうことですか?」
静かな先生の声が、私を貫く。
「すみません……私には、宇宙がなんなのかわからなかったので、書けませんでした」
「そうですか。これがあなたの意思ならば、正解だったでしょうに」
先生の言葉に、私は顔を上げた。でも、すでに先生は教壇へと戻っていく。
「ではみなさん、正解をお答えしましょう。それは、みなさん全員正解です。みなさんどなたもよく書けていました。宇宙というものは、とても広くて、みなさんの画用紙をすべて繋げ合わせても、表現出来るものではありません。あの真っ白なままの画用紙もまた、宇宙ということがおわかりですか?」
私たちは理解出来ず、みな一様に首を傾げている。
「宇宙というものは、無から出来たものだと考えられている説があります。無からどうして出来たのでしょう。でも宇宙は今も広がり続けています。広がる前の世界はどんな世界なのでしょう。それもまた無の世界でしょうか」
先生の話は、遥かな時を流れているかのように、壮大なスケールに聞こえた。
広がり続ける宇宙の前が何であったかなんて、私は今初めて考えたのだ。でも、考えが及ばない。
「宇宙は広い。では狭い世界で考えてみましょう」
そう言うと先生は、ささくれ立った自分の指からめくれた皮を取って見せた。
「この薄皮の中に、どれだけの細胞があるとお考えですか? それこそ無数にあるのは、顕微鏡を覗いたことのあるみなさんならおわかりでしょう。人間の体も、動物や魚や植物の体も、無数の細胞から出来ています。私たちは想像することが出来る。つまり、大きくも小さくも想像力を働かせることが出来ます。私たちは細胞の一つ一つから出来ていることを忘れずに、また宇宙の広がりに思いを馳せることが出来るのです」
先生が言いたかったことがなんなのかはわからなかったが、確かに私は物事を大きくも小さくも捉える事が出来ていた。
先生は、最後にこう付け加える。
「最後にみなさん。私たちはどれだけちっぽけな世界で生きているのかがおわかりでしょうか。それでもみな、一生懸命に生きていることがおわかりでしょうか。心を広げてみなさい。それこそ宇宙のように果てしなく。そうすれば、私たちは細胞一つ一つに感謝することが出来、大きな問題も些細なことと受け止められることが出来るとは思わないですかね?」
そう言った先生の話は、今の私にはまだ早かったのか、すべてを理解することは出来なかった。けれどその壮大なスケールの話は、今も私の心で燃え続けている。