212 ただ眠いだけの話
「あなたはだんだん眠くなる~。眠くなるったら眠くなるぅ」
学校の休み時間。怪しい手つきで、親友の博美が私に向かってそう言った。
「うーん。そう言われると眠くなるかもね」
私は冷めた目でそう答える。
「もう。まじめに催眠術にかかりなさいよ」
「思いつきの子供だましじゃない……」
そう言ったところで、私は突然、瞳孔を開いたままフリーズした。
何があったわけでもなく、まばたきをする気にもならない。
「ちょっと? 綾子。大丈夫?」
博美にそう呼ばれ、私ははっと我に返った。
「うん、大丈夫。だけど……」
脳裏には、さきほどまで目の前で見ていた、博美の怪しげな手の動きが繰り返されている。
「あれ。なんだか眠い……」
「うそ、マジ? マジでかかっちゃった?」
「そうかも……」
その時、先生が入って来て、私たちは席へと戻っていった。
次の授業、私は初めて授業中の居眠りというものをしてしまった。
「綾子。本当に大丈夫? 綾子が授業中に寝ちゃうなんて珍しいじゃん」
博美の言葉に、私は口を曲げる。
「あのねえ。あんたが私にかけた催眠術でしょ」
「でも、あれは冗談だって……だいたい、あんなもんでかかるんだったら、みんな寝かせられるって」
「もうやだ、本当に眠い……」
私は目をトロンとさせながら、博美と一緒に家路を急ぐ。
「変なところで寝ないでよ? 家までもつ?」
「わかんない……もう。術をかけたんなら解いてよ」
あまりの眠気に、私は苛立ちさえ覚えて、博美にぶつけた。
「そんなこと言われたって……じゃあ、一応やってみるか。目を瞑って」
道の途中で、博美は私を立たせ、目の前に立つ。
「こんなところで?」
「いいから早く。じゃあ、次に私が数を数えます。サン、ニ、イチ、と言ったら、あなたは催眠状態から脱します。ではいきますよ。サン、ニ、イチ、ハイ!」
博美が叩いた手を叩く音で、私は目を開けた。でも、眠気は変わらない。
「ねーむーいー……」
「もう。まさか昨日、遅くまで起きてたとか、そういうオチじゃないでしょうね?」
「まさか。昨日は……あ、昨日、寝てないや。ラジオ聞いて、そのまま徹夜したんだった」
その後、博美から強烈なパンチが飛んだというのは、言うまでもない。
おかげで私の催眠……いや、睡魔は嘘のように取れたが、あの異常なまでの眠気を、ただ単に私の徹夜のせいというのも、いかがなものだろうか? もしかしたら本当に、催眠術によって……という可能性も、まったくないとは言い切れないはずだ。