208 視線の先
愛しいあの人は、違う人を見てる。
高校に入ってすぐに目についた、あいつ――。同じ班になって仲良くなり、更に意識するようになった。
ちょっとドジで、でも意外と頼りがいがあって、なにより優しいところに惹かれた。
「あんたってさ……彼女いないの?」
休み時間の教室。同じ班での決め事のために隣に座った彼に向かって、私は思わずそう聞いていた。
「は? なに、急に」
「ああいや……単純に、中学の時サッカー部部長って聞いたから、さぞかしおモテになってるんだろうなと思って」
からかい半分で、私はそう笑う。そうしていないと、恥ずかしくて目も合わせられない。
「いねえよ。副部長が超イケメンで、華持ってかれてたし。だいたい、中学で付き合ってるやつってそんなにいなかったよ。おまえは?」
「え、私?」
「人に聞いておいてなんだよ。おまえも言えよ」
「い、いるわけないでしょ」
「やっぱなあ。おまえ、俺から見りゃオトコだし」
その言葉に傷つきながらも、私は笑った。
「ははっ。私から見たら、あんたがオンナ」
私たちは互いに苦笑する。そう、異性であることを忘れるほど、彼とは楽な付き合いが出来た。そんな彼だからこそ、私は惹かれたんだと思う。でもそれがあだとなって、恋愛対象にも見てもらえてないことを再認識し、やっぱり落ち込んだ。
そんな会話も忘れ、数ヶ月が過ぎた。その間に別の人を好きになることはなく、変わらず私は彼のことが好き。
でも、彼の目線は最近、いつも同じ人を追いかけている。私はそれに気付いてしまった。ずっと見ていたから……知りたくなかったけど、知ってしまった。
クラスでも可愛いと言われている女の子。髪が長く、目がぱっちりで、私とは正反対の彼女。
(ああいう子がタイプなんだ――ううん、彼だけじゃなく、やっぱり彼女にするなら、ああいう女の子らしい子だよね)
心の中でそう思いながら、別の女子を見つめる彼を追う、私――。そんな光景、はたから見たらどれだけ滑稽なものだろう。そう考えると、私は苦しさに笑ってしまった。
「告っちゃえば?」
ある日の放課後、久々に二人きりになったチャンスで、私は思わず彼にそう言った。
彼が彼女に告白して、うまくいくなら諦めもつくし、うまくいかないならチャンスが生まれるかもしれない。なんにしても、こんなに苦しい思いをするのは終わりにしたかった。
だから私はずるいけれど、自分が告白することではなく、彼が彼女に告白させることをしたかったのだ。
「なんで知ってんだよ。俺があいつのこと好きだって……」
「そんなの、誰だってわかるよ。あんた、わかりやすいもん」
私の言葉に、彼は口を曲げる。突然過ぎる私に、言葉を探しているようだ。
「あれは目の保養です」
やがて、彼がそう言った。
「へえ、そうなんだ? でも、好きなら告白して楽になったほうがいいと思うよ?」
「なんでおまえにそんなこと言われなきゃならないんだよ」
「確かに」
私は笑って俯いた。自分の言葉をそっくりそのまま、自分に言ってやりたい。
「鈍感女」
笑っている私に、彼はいつになく怒った様子でそう言った。
「は……?」
「むかつく。俺、もう帰るわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。意味わかんない。からかったのがむかつくなら謝るよ。でも、鈍感って……」
「鈍感女は鈍感女だろ。おまえ、全然わかってねえのな」
その時、彼の手が私の頬に触れた。それは叩いたのではなく、ただ優しく触れているだけだ。
「え……」
「俺が好きなのは、おまえだってこと。ったく、気付けよバカ」
私は目を見開き、彼を見つめる。
「う、嘘だ……だって、さっきだって、彼女のこと好きだって……」
「あー、むかつく。そう思いたければ思えばいいだろ。あいつは中学の時好きだったから、今でもちょっと目につくってだけで、今はなんとも思ってないし。つーか、中学の時にフラれてるし、あいつ彼氏いるし。目の保養ってのは本当だよ。俺が今好きなのは、おまえ!」
怒りながらも照れて赤くなっている彼を見て、私はようやく幸せの実感をした。
「嬉しいよう……」
気が付けば、私はぼろぼろと泣いていた。人前で泣くなんて、今までなかったのに。
「な、泣くなよ」
「だって……言ってくれないとわかんないよう」
号泣する私に、彼は困ったようにしながらも、誰もいない放課後の教室で、そっと抱き締めてくれた。その行為は、私にとって家族以外生まれて初めての行為で、胸が高鳴る。
「今、学校で一番近くにいるの、同性の友達じゃなく、おまえだと思うよ。おまえといると楽でいられるし」
「私も……好きだったよ。ずっと前から……私と付き合ってください」
「……はい。って、セリフ取られた」
「じゃあ、言って」
「俺と付き合ってください」
「はい……」
私たちは笑い合うと、二人で教室を後にした。