207 隣の席の男の子
大野は隣の席の男子。小学校の時も何度か同じクラスになったことがあるけれど、あんまりしゃべった記憶はない。
中ニになった今、隣の席になってから、私たちはよく話すようになった。
「三浦。今日日直だろ。俺、黒板消すから、日誌持ってきてよ」
大野が私にそう言った。
「しょうがないなあ。でも、日誌は一緒に書いてよ」
「へいへい」
やる気のない大野の声を聞きながら、私は職員室へ日誌を取りに行った。
今日は一日、大野と二人で日直というやつだが、黒板を消すのと日誌を書くくらいで、特に仕事はない。
でも、密かに大野のことが好きな私にとって、この日はなんだか特別だった。
放課後、ホームルームが終わるや否や立ち上がった大野の袖を、私は掴んだ。
「待って。日誌書いてから!」
「バレたか。そんくらいやっといてよ」
「駄目。黒板消しだって、結局やったの午前授業だけじゃない」
「部活が……」
「すぐ終わるから」
大野を無理やり座らせて、私は日誌を広げる。
「ええっと……今日は欠席いたっけ?」
「佐藤と最上」
その時、大野の肩を抱く人物がいた。同じクラスメイトの男子だ。
「大野。部活は」
「これやってからすぐ行くー」
「先行ってるぞ」
そう言って、教室には私たちだけが残された。
このまま時が止まればいい、と思っているのは、私だけだろう。大野はそわそわして、早く部活に行きたいって態度を見せてる。
「……やっておくから、もう行っていいよ」
沈黙に耐えきれなくなり、また大野を独占しているのが申し訳なく思えて、私は静かにそう言った。
「え? なんで」
「だって、早く部活に行きたいんでしょう? いいよ、行って」
「でも、おまえだって部活あんだろ?」
「私は運動部じゃないし、べつに……」
「いいよ。二人でやったら早く終わるだろ。さっさと終わらせようぜ」
大野はそう言うと、私から日誌を奪い、残りの記入を始める。
「……お、大野……」
私は緊張感を張りつめて、静かにそう呼んだ。
「うん?」
大野は変わらず、なんの警戒心も抱いていない。
「ううん。なんでもない……」
芽生えた決意が一気に萎えて、私は俯いた。
すると、大野が突然顔を上げ、私を見つめる。
「なんだよ。気になんだろ」
「いや、本当なんでもない」
「嘘つけ。言えよ」
「なんでもないったら!」
真っ赤になった私に、大野はまた日誌に目を向け、そして書いていた日誌を見せてきた。
“好きだ!”――日誌の活動報告欄に、大野の汚い字が見える。
驚いて大野を見ると、大野もまたさっきの私のように、顔を真っ赤に染めている。
「わ、私も……」
それを聞いて、大野は笑った。それにつられて、私も笑った。
私たちは、ただ席が隣同士のクラスメイトから、恋人となる。