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203 タイムスリップ! ザ・大阪のオバちゃんⅡ

<前回までのあらすじ>

 新手の骨董品屋で大きなお釜を買った、大阪のオバちゃんと娘の長子ながこ

 不思議なお釜の誤作動で江戸時代にタイムスリップしたが、説明書通りに冒険を終了する手順を踏み、万事休す……と思ったら、元の世界ではなかった――。




「長子。ここ、大阪とちゃうね……」

 辺りの景色に圧倒されるように、母親が言った。

「う、嘘でしょ……?」

 長子もまた、きょろきょろと辺りを見回す。

 目の前には無機質な高層ビル群が聳え、まるで未来映画のように、見たこともない乗り物が浮かんで走っている。

「これはひょっとすると……未来?」

「なんでやねん! 夢なら早く醒めてーな」

「お母ちゃん! 現実逃避しても、現実は現実や。とりあえず、釜めしまた炊かんと……」

 二人はそのまま、恐る恐る街を歩き始める。だが、歩道も空飛ぶ車も、みんな地上より遥か上を走っており、地上にはまるで誰もいない。ただ荒れた原っぱが広がるだけだ。

「おお、まだヒッピーがいたか」

 その時、地下と見られる入口から、一人の青年が出てきた。

「は? ヒッピー?」

「そう、その格好。昔に流行ったスタイルだろ」

 そう言う青年は、宇宙服のような、色もないぴったりとした服を着ている。

「ああ、そうです。ヒッピーです。あの……つかぬことをお聞きしますが、今、西暦何年ですか?」

 話を合わせるように、長子がそう尋ねる。

「は? なんだってそんなこと……」

「えーと……そう、ちょっと寝過ぎて日付わかんなくなっちゃって……」

「変な人だな。今は西暦三千二百十年の五月五日だろ」

「さ、三千!」

 母親が、卒倒するようにそう言った。

「お母ちゃん」

「ほな、今の総理大臣は誰やねん。流行りの曲は? せや。私のお墓は――?」

「お母ちゃん、ちょっと黙っといて!」

 母親を隠すように、長子は青年の前に立って笑顔を繕う。

「……大丈夫? お母さん? 変な言葉遣いだし」

「ハハハ。私だっていろいろ聞きたいけど、今はちょっと急いでまして……あの、お米と野菜と醤油とか欲しいんですけど……分けてもらえません?」

「今度は何を言い出すのか……」

「お願いします! 命に関わることなんです!」

 長子の気迫に押され、青年は苦笑した。

「よくわかんないけど、まあいいや。家に招待するよ」

 そう言って、青年はそのまま、海沿いの原っぱへと連れていった。

 そこは、さっきまでの近代的な街とは真逆で、まるでダンボールハウスのような小さな家が並んでいる。

「ここがあんたの家? ホームレスなの?」

「失礼だな。家はあるだろ。あんたら、本当に変な質問ばっかするなあ。もうずっと貧富の差が激しいからね……うちは祖父母の代からこの辺りに住んでるんだ。今は結婚したから、独立して家を買ったんだ。こんな家でもローンだよ」

 母親と長子は、互いの顔を見合わせる。

 家の中に入ると、そこは大人三人くらいがやっと寝られるようなスペースしかなく、中に奥さんらしき若い女性が赤ん坊を抱いていた。

「妻です」

「どうも……」

 青年に紹介され、二人は同時に頭を下げる。

 妻という女性もまた、青年と同じような服装をしているだけで、特に変わった様子もない。

「おまえ、命に関わるっていうからこの人たち連れてきたんだ。ちょっとおかしいけど面白い人たちみたいだし、米と野菜と醤油を分けてやろう」

 どうやら生活も苦しそうだが、青年の妻も笑顔で応える。

「まあ、お客さんなんて久しぶり。どうぞゆっくりしてください。米と野菜ね……これしかないけれど、これでよければ」

 そう言って、妻は近くにあった僅かな米と、食べかけの大根やにんじんを差し出す。未来というだけあり、野菜の形もずいぶん違う。

「ありがとう。これだけあれば、ごちそうも出来そうやわ。ほな、とりあえず外で調理しましょ」

 俄然やる気が出たのか、母親は腕まくりをして外へと出ていく。そして分けてもらった野菜を切り、水も分けてもらって米を研ぐ。

 そうこうしていると、近所の家から物珍しげに人もやってきた。

「何してるんだい?」

「釜めしを作るんや。よかったら、あんたも野菜や米を分けてくれればごちそうするで」

「釜めし? 聞いたことないが……面白そうだから、米と野菜持ってくるわ」

 人が人を呼び、いつの間に釜の中には具がたくさんになっている。原っぱにはたくさんの人々が、輪を作って笑い合っていた。

「これが本来の釜めしの醍醐味やな。みんな一緒の釜めし食べて、助け合って生きなあかんで。はい、まずは一番お世話になったあんちゃんたちからや」

 そう言って、母親は青年とその妻に釜めしをよそり、それぞれ野菜などを分けてくれた近所の人々にも振舞う。

「うん、美味しい!」

 初めは見たこともない料理を不思議そうに見ていた人々も、その味に笑顔になる。

「確かに美味しい。不衛生な料理かとも思ったが、みんなで食べるのもまたいいもんだなあ」

 辺りは、笑顔に包まれていた。

「奥さん」

 しばらくして、長子は人目を避けるように、青年の妻を連れ出した。

「あの。いろいろお世話になっちゃって……ありがとうございました。これ、使えるかわからんけど、こんな物しかなくて。受け取ってください」

 長子が渡したのは、一枚の千円札である。

 きっとなけなしの米と野菜だっただろうに、嫌な顔一つせず協力してくれた若夫婦に何か恩返しがしたいと思ったのだが、今は何も身になる物もなく、僅かな金しか持ち合わせていない。

 未来の世界で使えるかはわからない上に、物価も上がっているかもしれないと思ったが、今はこれしかないから仕方がなく、悪いと思いながらも差し出した。

「これは……こんな物、頂けません!」

「ええから。使えるかわからんから、ただの紙切れかもしれんけど……他にあげられる物がないから」

「私たち、見返りを求めて親切にしたわけじゃないです。生活は苦しいけれど、毎日が楽しいですし、心だけは豊かでいたいと思っているから……」

 妻の言葉は、長子の心に深く響いた。

「ありがとう。元気でな。あなたたちのこと、絶対に忘れない」

「……行っちゃうんですね?」

「うん。ほな、行くわ。旦那さんにも、ありがとうって伝えてな」

 長子はそう笑うと、母親のもとへ行った。

「お母ちゃん。そろそろ行くで」

「なんや、またあんたは急に……」

「だってもう空っぽやろ。みんなの前で消えるわけにはいかんし。みんなも好き勝手始めたし、そろそろ席外しても大丈夫やて」

「残念やわー」

 二人はそのまま人々の輪からそっと外れ、更に海沿いの人気のない場所へと向かう。

「ああ、大阪港や……」

 母親は、水平線を見つめてそう言った。地形は変わっているものの、海だけは変わらないように見える。

「今度は強く祈ろう。今度は絶対に帰れますように……!」

 長子はそう言うと、お釜に祈る。

「そういえば、説明書もういっぺん見せて」

 母親の言葉に、長子はポケットからお釜の説明書を差し出す。

「ふん。このスタートボタンって、何処にあるんやろね」

 それを聞いて、長子はお釜を一周する。

「そういえばそうやね。周りには何もないけど……底かな?」

「あほやな。底やったら常に押されっぱなしやないかい」

「せやな。じゃあ……」

 二人は釜の縁を見つめる。すると、汚れているが真っ赤な丸いボタンがあった。

「あった! さっき帰る時、お母ちゃんが叩いたところや」

「ほな、押してみようか」

「ほんまに? 今度は米もない原始時代とか宇宙とかに飛ばされたらどないするん?」

「まあ、そん時はそん時。なるようになるわ」

 母親がボタンを押した瞬間、辺りはまた真っ暗な闇に包まれ、その先には光が見える。

「見えるよ、お母ちゃん!」

「うん。ありゃ見なれた商店街やわ。やっと帰って来れたな!」

 二人は抱き合って喜び、急いで光の先へと走っていった。

 そこは紛れもなく、もといた懐かしい商店街の裏路地。二人はほっと息をつく。

「よかった! でも、あの骨董屋には一言文句言わんと!」

「っていうか、このお釜返しなよ」

 二人が同時に振り向くと、そこには骨董屋も何もない。ただのシャッター通りである。

「……ここやったよね?」

「うん……」

「すんまへん。ここの店、オープンと同時に閉めはったのかな?」

 母親は、近くを通りかかった人にそう尋ねる。

「いや? ここいらはずっと店なんてやってないでしょう」

 二人は顔を見合わせ、首を傾げる。

 だが、そのまま家に帰っても、なんら変わったこともない。時刻もさほど経っておらず、会う人もいつも通りの話をしてくる。

 手元にはお釜だけが残ったが、いつの間にかボタンも取れて壊れていて、二度と作動することはなかった。

「まあ、人生なるようになる。あれは夢物語やわ」

 母親の言葉に苦笑し、長子は空を見上げる。

「せやな。夢物語や……でも、いつかあの未来が来るのかな。私も心だけは豊かでいたいわ」

 夢物語の証明は、お釜のほかにもう一つ。長子の財布から消えた、一枚の千円札であった。

 その千円札が、長子たちが行った未来の世界では、とんでもない価値になっていることなど、知る由もない。

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