199 俺にギターをくれ
コードを必死に覚えたあの頃、リードが出来るようになったあの頃、ギターは俺に、いろんなことを教えてくれた。
「ミック。新曲出来たぁ?」
安い香水、安い酒、デカ過ぎる夢もいつの間に何処へ消えたか、俺は場末の飲み屋でプレイしている。
「まだだよ、スザンヌ。いや、安い歌ならいつでも作れる」
「じゃあ、歌ってよ。五ドルあるわ」
「本当に安いな。まあいい、バーボンを奢ってくれ」
「いいわよ」
俺はバーボンを呑むと、ギターに手を掛ける。
「♪ああ~スザンヌ。俺の心に花が咲くよ。君という名の花が――」
「プッ。本当に安い歌」
「言ったろ。五ドルっていったら、こんなもんだ」
「じゃあ、百万ドル払うから、ミリオンヒットを飛ばしてくれるかい?」
そう言ったのは、見慣れない大柄の男だ。
「は?」
「どうした。それとも、現金で見ないと作れないか? 俺はこういうものだ」
男が差し出したのは、大手音楽メーカーの肩書のある名刺である。
「あんた、一体……?」
「おまえさんとは同郷でね。おまえさんがまだスリーコードしか弾けなかった頃から、おまえさんのステージを見ていたよ。おまえさんのプレイ、俺は好きなんだよな。だから、俺と組むなら、百万ドル出す。もちろんヒット出来る曲を作れ。そうすれば、ヒット出来るだけの宣伝を惜しみなくしてやる」
俺は目つきを変え、真新しいエレキギターを下ろし、ステージ横にある古びたフォークギターを指差す。
「そいつは俺が初めてギターを鳴らした時から、俺と一緒にあるギターだ。そいつじゃなきゃ、良い曲は書けない」
俺の言葉に、男もにやりと笑った。きっと、俺が本気を出したことがわかったんだろう。
「俺にギターをくれ」
俺は狂ったように、フォークギターをかき鳴らす。