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197 タイムスリップ! ザ・大阪のオバちゃん

長子ながこ。晩の買い物手伝ってーな」

「ええ? お母ちゃん、ほんまに人使い荒いよって」

「ええやろ、ちょっとくらい。どうせ家でゴロゴロしとるんやさかい。ほな、行くで」

 大阪のとある下町で、フリーターの長子(二十四歳)と、自称・永遠の二十歳である母親が、夕飯の買い物へと出かけた。

「長子。新しい店出とるで」

 母親が、裏路地に小さな店を見つけた。さしずめなんでも屋とでも言うべきか、ガラクタのような雑貨から派手な服まで売っている。

「なんや。こないなところに出来ても、あんまりお客も入らんやろな」

「かまへん、かまへん。開店セールや書いてはるし、破格の穴場やったら買い占めたろ」

 そう言って、母親は意気揚々と小さな店へと入っていった。

「おお。このシミーズええやんな。あらこっちには大きな釜があるで、長子」

「ちょ、そんな大きな釜どうするつもりなん?」

「ええやん。百円やし。これだけあれば、町内で炊き込みごはん配れるで。お兄ちゃん。この釜ちょうだい」

 母親がそう言うと、奥から細い青年でもおじさんでもないくらいの年の男が出てくる。

「お姉さん、ええとこ目つけはったね。お姉さん最初のお客さんやから、サービスすんで。五十円でどうや」

「なんや、お兄ちゃん。サービスってのはドカンとやらにゃサービスやないで。ほら、もう一声!」

「参ったなあ。でもわかった。お姉さんべっぴんさんやから大サービス! 一円でええわ」

「さすが兄ちゃん! それやったら町内のみんなに宣伝しときましょ」

「おおきに。あ、これ、取扱説明書。扱いには十分気をつけてな」

 取扱説明書を釜に入れ、母親は長子に両手いっぱいになるほど大きな釜を持たせ、店から出ていった。

「ちょっとお母ちゃん。案の定、うちに持たせて。ちょっとくらい持ったらどうなん」

「いやや。なんのためにあんた連れてきた思うてるん? あんたは初めから荷物持ちやわ」

「ヒドッ!」

 と、二人が歩いていると、あたりはすっかり暗くなっており、繁華街が遠くに見える。

「なんや急に……真っ暗やないかい。そんなにあの店おったかな」

「ちょっとお母ちゃん……様子が違わん? だってそんなに大通りから入った覚えないし……」

 次の瞬間、繁華街に出た二人は、目の前の光景に息を呑んだ。

 そこにはちょんまげ姿の人たちのほか、全員が着物。繁華街も木造家屋の時代劇に出てくるような町である。

「ええ、なんや? 映画村でも出来たんかいな」

「あほか。こんな短時間でそんなわけないやろ」

 二人がパニック状態になっていると、一人の少女がこちらに気付いてやってきた。

「……人間?」

 怪訝な顔で、少女が言った。

「当たり前やないかい。人間やなかったら誰やねん!」

「人間やったら、なんでそんな変なもの着てるん?」

「変なもんて……まあ、着物やないけどな」

「まあええわ。おばちゃん、その釜貸してくれへん? 大人数のお客さんが来てもうて困ってたん」

 少女がそう言うと、母親は長子から釜を取る。

「まあ、困ってるんやったら……」

「あかん、母ちゃん。これのせいやったらどうすんねん。あっちのもんをこっちに置いてきたりしたらあかんって、なんかで聞いたことあるわ」

「せやかて……そうや。じゃああんた、うちらに着物一式持ってきて。それから、釜は貸すけど返すこと。この条件でどうや?」

「まあ……うちは釜さえ借りられたらええけど」

 少女の言葉に、母親は少女に握手する。

「ほな、交渉成立や。先に着物持ってきてえな。この恰好じゃ、目立って町も歩かれへん」

「わかったわ。そこで待っとって」

 少女はそう言って去っていくと、すぐに二人分の着物を持って戻ってきた。

「おおきに。これで町が歩けるわ」

「ほな、この釜借りてええな?」

「ええけど、うちらも連れてってえな。釜めし作るなら、手伝ったるで」

「ほんまに? 助かりますわ」

 すっかり少女と意気投合し、二人は少女の家へと向かっていった。

 少女の家は小さな大衆食堂を営んでいるが、今日は祭りで人の入りが激しく、いつもの釜だけでは足りないという事態に陥っているらしい。

 そこは社交性のある母親。今置かれている状況に目もくれず、少女の母親であるおかみとも意気投合し、釜めしを作っては握り飯を作ったりして、その場にすっかり溶け込んでいた。

 一方の長子も、とりあえず今の状況に流されつつ、物事を理解しようとしていた。

「せや。確かあのお兄ちゃん、説明書がどうとかって……」

 店から出す際、釜に入れられた説明書をポケットに移していた長子は、畳んで置いておいた服のポケットから、一枚の紙切れを取り出した。




 「でっかいお釜ででっかい冒険! カマカマカモーン」をお買い上げありがとうございます。本製品は繊細な商品ですので、取り扱いには十分お気を付け下さい。

 万一、スタートボタンを押す以外で大冒険が始まった際は、そのままお楽しみになるか、以下の手順で大冒険を終了してください。

1、お米を研いで「カマカマカモーン」に入れる。

2、新鮮なお野菜とだし汁を入れ、火にかける。

3、炊けたら美味しくいただく。

 以上の手順を踏まえ、「カマカマカモーン」内の釜めしが空になりましたら、すみやかに人気のない場所に移動し、時を待ってください。この時、一緒に冒険中のすべての人たちと一緒にいてください。




「なに、この説明書。怪しい……でもあかん! おかあちゃーん!」

 長子はすっかり店の店員と化した母親の腕を掴む。

「ちょっと、長子。なんやねん。今、五右衛門はんと盛り上がってたっちゅーのに」

「そんな場合やあらへん! 釜めし、まだ残っとる?」

「いや。さっき空っぽになったで。やっぱり大人数で食べると美味しいわ」

「あかん! ほな行くで!」

 長子は強引に母親の手を取り、釜と元の世界で着ていた服を受け取る。

「お長ちゃん」

 店の娘が、心配そうに追いかける。

「ごめんな。着物借りたままで……着替える時間あるかわからへんのやけど……」

「ううん。それは着て行って。こっちも本当に助かったわ……でも、もしかして行ってしまうの?」

「うん……ありがとう。ごめんな」

 長子はそう言って、母親とともに、誰も来ない裏路地へと入っていった。

「長子。ほんまに帰れるん?」

「わからん。でもこうなったら、時を待つしかないねん」

 だが、何時間待っても、一向にその時は来ない。

「もうお母ちゃん疲れたわ。これならもう少し五右衛門はんと話せたかもしれんのに」

「お母ちゃん! いつその時っちゅーのが来るかもわからんのに、浮かれてるんやあらへん」

「だってえ。大体これ、夢なんと違うん?」

 母親がお釜をポンと叩くと、一瞬、辺りが真っ暗になった。

「怖! 長子?」

「お母ちゃん! あそこ、光が見える!」

 長子が興奮して、闇の向こうを指差す。

「ほんまや。帰ってきたんやな?」

「やった! 早く行こう」

 二人はそのまま、光の先へと歩いていった。

「な……なんや? ここは!」

 そこは、もといた大阪の街でも、大昔の横丁でもなかった――。

「……ま、いっか」

「よくないわ!」

 大阪のオバちゃん、きっとここでもたくましく生きていくことだろう。

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