196 停電の夜に
その日はひどい大雪で、交通機関はすべて麻痺。外に出ている人は、仕事の人でもほとんどいない。
僕は大学生で一人暮らし。奥手で手も出せない僕は、やっと付き合うことができた初めての彼女と、アパートに足止めされた。
「交通機関も麻痺か……今日はここに泊まるほかないかな」
ちらりと彼女を見ると、彼女は真っ赤で俯く。彼女もまた奥手で、そんな彼女を見ていると、僕まで赤くなった。
「あ、でも大丈夫だよ。おふくろもたまに泊まりに来るから、布団も二組あるし……」
「う、うん。大丈夫。信用してるし……」
信用してるという彼女の言葉がずしりときた。今日も何も出来なそうだ。
「あ……家の人は大丈夫?」
「うん。さっき電話入れておいた」
「そ、そう……」
その時、フッと家中……いや、街中の電気が消えた。
「や、停電?」
とっさに彼女が、僕のセーターの裾を引っ張る。
「だ、大丈夫。ちょっと待って。たしかローソクが……」
「ああ、うん。ごめんなさい……」
彼女が手を離してきたので、僕は台所でローソクを探した。
運よくこの間片付けたばかりなので、すぐにローソクが見つかる。
僕は手探りでテーブルの上に皿とローソクを置き、ライターで火をつけた。
「あったかい……」
彼女が言った。
電気もガスも消えてしまい、冷え切った部屋だが、そのローソクの炎だけで暖かく感じる。
「本当だ。でも暖かくして。風邪ひいたら大変だから」
僕はそう言って、畳んであった毛布を彼女の肩へかける。
「ありがとう……」
「いや……」
言葉少なく、テーブルを隔てて彼女と向き合う。
ローソクの炎が、彼女の綺麗な顔を浮かび上がらせ、僕はより一層ドキドキした。
「そっち……行ってもいい?」
「う、うん」
僕は意を決してそう言うと、彼女の隣に座った。
彼女は静かに、かけていた毛布をめくる。僕たちは、同じ毛布にくるまれた。
「あったかい……」
すでに彼女の温もりが感じられ、僕は胸の高鳴りを一層感じる。
せいぜい手を繋ぐだけだった僕たちの関係は、これだけで大きな進展をいくつも見せていた。
「ローソクが終わったら……」
僕はローソクの炎を見つめながら、そっとそう言った。
「え?」
「……キスしようか」
彼女は良いとも悪いとも言わず、押し黙る。
でもそれから少しして、彼女のほうから手を繋いできた。
その夜、僕たちはお互いに生まれて初めてのキスをした。