019 未来予知
「あっ……」
僕は思わずそう声を上げた。
目の前では、小さな子供が躓いて転んでいる。
「ふう……」
僕は溜息をついて、その場を通り過ぎた。
予知能力――というまでには、あまりにもおこがましいほど小さい能力。僕にはそれがある。
ほんの一瞬先の未来が見えるだけ。それだけで、運命の流れというものを変えられたことは一度もない。
さっきだって、子供が躓いて転ぶことがわかったけれど、どうすることも出来なかった。
あまりにも小さな能力、だが変えられない未来に、僕はいい加減、うんざりしている。
「どうかしたの?」
目の前の女性がそう尋ねた。
この間恋人になったばかりの女性だが、この小さな能力でも妨げになって、長く人と付き合ったことはない。
「あ、いや……」
「無口なんだね。この間の合コンで会った時は、楽しく盛り上げてたのに。なんか、うまく人と付き合ってるみたい」
よく言われる言葉だ。僕は付かず離れず、いい距離を保っての人付き合いが得意である。
「そんなことないよ。今度、遊園地でも行こうか」
「すごい! ちょうど一緒に行こうと思ってたの。遊園地の優待券もらったから」
そう言って、彼女は遊園地のチケットを見せる。
僕は頷いて笑った。
「じゃあ行こう……」
そう言いかけたところで、僕の顔は引きつった。
今日、彼女は死ぬ。たぶん、帰り道、車にはねられる。
「……」
「どうかしたの? 顔が真っ青」
「……今日、泊まれる?」
僕はとっさにそう言った。
初めてのデートでそんなことを言われ、彼女は少し驚いた様子だ。
「え……」
「泊まりじゃなくてもいい。朝まで飲むだけでも。ちょっと……相談があるんだ」
僕は出来るだけ話を長引かせようと考えた。
本当なら、彼女を近くのホテルにでも泊まらせたかったが、怪訝な顔をしている彼女に、とりあえず飲み明かすだけでもよいと思ったのだ。
朝方まで二人で飲むことに成功したが、彼女は何度も腰を上げる。
「そろそろ帰ろう。明日も仕事だし」
「そんなこと言わないで、もうちょっと。もうちょっと明るくなるまで待とう」
僕が見た未来は、暗がりの中で死ぬ彼女。せめて朝まで待たなければ。
だが彼女は、遂にしびれを切らして外へと出て行った。
「待ってよ! 今、外に出ると危ないんだ!」
彼女の背中を追いかけて、僕は走った。
すると、僕は何かにはねられて、地面に叩きつけられる。
「キャー!」
悲鳴とともに、彼女が僕に駆け寄る。
光を失いかけた僕の目に、続けてひかれた彼女の姿が映った。
運命は変えられない。
僕が死ぬことは、想定外だったけれど――。