187 異国の風に抱かれて
結婚して十五年、夫と別れた。
四十を間近に控え、一人身。子供もおらず、将来への希望も持てない。これからどうして生きていけばいいのか、自分を恥じて実家にも帰れない。
死ぬことなんて考えていなかったけど、何処か遠くへ行きたいと思い立ち、準備もそぞろに私は日本を離れた。
幸い、日常会話程度の英語は出来たし、貯金もあったので、着の身着のままその日暮らし。異国の人々は時に暖かく、そして冷たい。
「えーと……チェンジチェンジ、プリーズ、オーケー?」
拙い英語に、私は振り返る。
そこには東洋人の男性が、困ったように身振り手振りで話している。
「あの……もしかして日本の方ですか?」
なぜか放っておけずに、私はその人に声をかけた。
「あ、はい。あなたも?」
男性はほっとしたように笑う。
「ええ。よかったら通訳しますよ」
「ありがたい!」
そこから彼とは意気投合。懐かしい日本語で話したかったのもあるんだと思う。
彼は私より一つ年下で、急な仕事でここへ来たらしい。英語もままならないようなので、私は彼の通訳を買って出たのだ。
「そう。離婚して一人旅……」
私の境遇に同情し、彼はそう言った。
「ええ。でももう吹っ切れたわ。そろそろ日本に帰ろうと思ってたところ。そうそう逃げているわけにもいかないし、気分新たに頑張らないとね」
「強いね……そう見せなきゃやっていられないっていうのもわかるよ。僕も離婚を経験してるから」
「そうなの……?」
「ああ。たった一年の結婚生活。まあ、独身貴族も楽しいもんだよ」
「そう……」
異国の地、お互い見知らぬ人なのに、同じ国の人間だからということで、私たちは一瞬にして絶対的な信頼感を得ていた。
「日本に帰っても、連絡していいかな?」
彼の言葉に、私は頬を染める。
「ええ、もちろん」
それから私たちは、同じ便で日本に帰った。
一瞬にして燃え上がったこれが恋なら、終わりも早いかもしれない。でも寂しい一人身の私たちには、互いの存在が新たな生きる支えの一つになっていることも、間違いじゃない。