186 殺意
私が十歳の時、妹が生まれた。
家族全員が待ちに待った、新しい家族。私も当然、嬉しかった。
「大きくなったら、一緒にお買い物したりしようね」
仲のいい姉妹。両親も微笑ましく私と妹を見つめる。
妹が生まれてから一年ほど経ったある日、お母さんは私と妹を部屋に残し、台所へ向かった。最近ではよくある光景である。
私は妹とおもちゃで遊んでいたが、妹がぐずり始めたので、ソファの上でジャンプをさせて遊び始める。もちろん手は妹の腰に当てているし、ジャンプが好きな妹は、この遊びが好きで、すぐに機嫌が直る。
でも、私はふと妹から手を離した。それは本当に無意識のこと。悪意も何もない。
妹はそのままソファから転げ落ち、泣いた。
私は我に返ったが、まるで自分の魂が抜けていたかのようなほんの数秒の感覚に、うっとりとさえ感じる。
「どうしたの?」
その時、お母さんが妹の泣き声を聞きつけてやってきた。
ソファから落ちて泣いている妹。立ち尽くしている私。その光景を見たお母さんは、すぐに妹を抱き上げ、私を睨んだ。
「なんてことするの! お姉ちゃんでしょう。まだ赤ん坊の妹に卑劣な真似をして!」
お母さんは、そう言って私を怒鳴りつける。
そうか、私はひどいことをしたのか。でも今の私は脱け殻で、罪悪感というものもなければ、怒りも後悔も悲しみもない。
だけど、その日の私の過ちは一生後悔しなければならないものとなった。
私への信頼はなくなり、幼い妹ばかりを可愛がる両親。それは大きくなるにつれてひどくなっていき、勉強もスポーツも並程度の私と違って、妹はどちらも万能、愛されて生きてきた。それは私とはまったく違う扱いで……なぜ同じ親から生まれたのに、こんな差別を受けるのか。ひどい仕打ちに思えた。
私の妹への不満は募るばかり。いつしか殺意まで芽生えたが、妹はなんの危機感もないらしい。
「お姉ちゃん。私、今度結婚することになったの」
大人になり、十も違う妹が、私より先に結婚報告をした。
「そうなの。おめでとう」
「もう。本当に喜んでくれてる?」
「もちろんだよ」
「そう。本当は、お姉ちゃんが結婚した後にって思ってたんだけど……」
「気にしなくていいわよ」
私への風当たりは、これで更に厳しくなるだろうが、私は内心ほっとしていた。
妹が外へ嫁げば、私は親を独り占め出来るかもしれない。そんな浅はかな考えもあったが、それよりも強くあった、妹への殺意――。
「早くどこかへ行って。じゃないと私、あなたを殺してしまうかもしれないから……」
私はぼそっとそう言うと、がらんとなった家の中を、一人徘徊した。