180 卑屈なシンデレラ
私の名前は、佐藤望美。高校一年生。
自分が嫌い。コンプレックスの塊なのは、子供の頃から小太りで、顔も肌も綺麗じゃないから、いじめられて馬鹿にされて、それが今日まで続いてきた。
今までやってきたダイエットは数知れず。でも、あんまり効果はなかった。
夢見がちなのもいじめの原因だって思ってるけど、夢見ることはやめられない。一言でいえばオタク。アニメの世界のような出会いや冒険に憧れている。現実で叶えられない分、せめて夢見たっていいじゃないと、最近では開き直っちゃってる。
「ぞみー」
バイト先の喫茶店で、学校の友達でもある由美子が、私を愛称で呼ぶ。明るく振舞っていれば、対していじめられることもないというのは学習済みだけど、心から笑い合える友達はまだいない。
シンデレラもいじめられていたけど、美しい彼女がチャンスをモノにするのはある意味当然のことだと思う。でも、私はシンデレラじゃない。
「そろそろ来るよ。憧れの君」
「そうだね。楽しみー」
話を合わせるように、私は明るく笑ってそう答える。
その時、背の高い男性が店に入ってきた。女子店員のテンションが上がる。
彼は大学生くらいの若い男の人で、毎日のように一人でこの店にやってくる。いつも本を読んだり、ノートを広げたりして、一時間くらいここにいる。その雰囲気や、見た目の格好良さもあって、女子店員たちは憧れの君と称して、彼が来るのを待ち焦がれている。
「いらっしゃいませ」
もちろん私も、思わず見とれてしまうくらいの彼だが、現実の世界で想いが叶うはずもなく、ただ仕事の合間の恋バナに盛り上がっているだけの節もある。
「すみません」
彼が振り向くと同時に、私と目が合った。タイミング的にも、私がオーダーを取ることになる。
「はい。ご注文、お決まりでしょうか」
「トーストセットください。ブレンドコーヒーで」
「かしこまりました」
「あと……今日、バイトが終わったら少し話せないかな?」
突然の彼の言葉に、私は目を丸くさせた。
「は?」
「あ……いきなりごめんね。怖いなら、ここでいいんだ。待ってるから、終わったら一緒にここでお茶でも……駄目かな?」
他の店員の子が見ている手前、私は困り果てた。と同時に、嬉しくて真っ赤にもなるし、この人の意図が分からず、騙されてはいけないと身構える部分もある。
そんな複雑の表情の私に、彼も苦笑する。
「急にごめん。無理ならいいんだけど……ずっと君のこと見てて、いいなって思ってたんだよ」
私は真っ赤になって、目を瞑った。
「か、からかわないでください……何かのバツゲームか何かですか? それともあなた、趣味が悪いんですか? こんなところでそんなこと言うなんて、異常です!」
私たちの様子に気付いて、店内の目がこちらに向けられている。でも、私は騙されたくなかったし、傷付けられたくなかった。
急に彼の目が真剣になり、出していた本をバッグにしまう。
「オーダーしなくてすみません。今日はもう帰ります」
「え……」
「……信じられないならそれでいい。でも、人の勇気を踏みにじる行為も異常だ。そっちこそ、からかわないでくれ」
そう言うと、彼は喫茶店を出て行った。
「望美ちゃん」
その時、私に声を掛けてきたのは、さっきシフトに入ったバイトの先輩である。
「先輩……」
「ごめん! 昨日、あの人から預かった手紙があったの。望美ちゃんに……私のほうが今日遅かったから、タイミング合わなかったかな……」
先輩はそう言って、大学名の入った封筒を渡す。私はそれを受け取ると、仕事も忘れて封を開ける。
中には、彼がいつも使っているノートと見られる一枚の紙が入っている。
佐藤様。突然こんな手紙を託したので驚かれたと思います。
僕の名前は、荻原樹といいます。大学生です。あなたの名前は、名札で見て知っていました。
いつもよく働く子だなと感心して見ていたら、いつの間にあなたがバイトに入っていない日に来るのが寂しくなりました。
突然の手紙の上、私事で恐縮ですが、明日は僕の誕生日です。突然の手紙で不審に思ったことでしょうが、よかったら一緒に祝ってくれませんか?
僕は君と話がしてみたいです。そして出来れば、お付き合いしたいと思っています。
本当は今日誘いたかったのですが、今日はあなたがバイトに来ないと聞いて、この手紙を店員さんに託すことにしました。出来れば、明日僕が行くまでに見て、返事を聞かせてくれると嬉しいです。
それでは、また明日――。乱筆失礼しました。
「ぞみ! 追いかけなくていいの?」
由美子の声に、私は我に返った。
「で、でもバイト……」
「そんなのいいよ。追いかけるなら早く行きな!」
由美子に後押しされて、私は店を飛び出して行った。
目の前には駅。彼が大学生なら、大学のあるこの街から電車で帰る途中に店に寄っているのかと思い、私は迷わず駅へ向かった。
すると、駅前広場の喫煙所で、彼の姿を見つけた。
「お、荻原さん!」
私を見つけて、荻原さんは煙草を消し、驚いて私を見つめる。
「どうしたの? バイトは……」
「……飛び出してきちゃいました。ごめんなさい! 手紙、今読んで……正直、まだ信じられません。あなたみたいな格好の良い人が、私なんかを……私は散々傷付いてきました。こんな容姿だし、デブだし……」
「もういいよ。僕も悪かったんだ。突然告白したのに、信じられないのは当然だ。なのにカッとなっちゃって……自己中だった。ごめんなさい」
私たちは、お互いを見つめる。だけど、私はすぐに俯いた。顔をまじまじ見られたくない。
「……僕も昔はデブだったんだ。それでいじめられたこともあるし。だから、君の気持はよくわかるよ。それで気になったんだとも思う。でも実際、明るくてよく働く子だなって思ったんだ。それに君は、自分が思ってるほど太ってないよ」
彼の気持ちを知って、私は少し納得した。
「誕生日祝いしましょう」
「……いいの? まあ、話す口実でもあったんだけど」
お互いの距離がだんだんと縮まっていくのを感じる。私は生まれて初めて、容姿ではない部分を見てくれる人に出会えたのだ。
私たちは、二人で喫茶店へと戻っていった。