179 愛をください
私はこの先、ずっと一人で生きていくものと思っていました。
子供の頃に両親が離婚。私も将来結婚などすれば、そのような道を歩むものだと悟っており、二十歳になった現在も、異性と付き合っても長続きせず、ただ体だけの関係に満足しています。時々、結婚したいと言ってくる男性もいましたが、私は上手に逃げては、熱愛中ですら心のどこかで、一歩引いて冷めた目で物事を見据えていたのです。
「愛……」
私はそんな自分の名前が嫌いです。愛なんて感情、本当はどこにもないって思うから。
「空いたよ。座っていいよ」
彼の勧めで、私は電車の空席に座った。反対側の席には、小さな子供連れの若夫婦。お父さんが目を細めて子供をあやしている。
きっといずれ別れるんだろうな……と、私は勝手に判断し、目を背ける。仲の良い家族が気持ち悪いとすら感じる自分は、異常だとも理解している。
「ねえ。今日泊まっていい?」
私はそう言った。あんまり家には帰りたくない。
「いいけど、ちゃんと家に連絡しろよ」
彼が答える。彼は今までの彼氏とは違うタイプで、大人の男性。ただヤリたいだけの男ばかりが周りにいたから、彼との交際は逆に刺激的なものだった。安心もするし、なぜか心が落ち着く。
その夜、私は彼の腕の中で目を覚ました。彼は私の髪を撫で、見つめている。
父親を求めているわけではないが、それに匹敵するほどの安心感に、私は彼を絶対的に信頼しているのだと思う。
「愛……ずっとそばにいてくれな」
突然の彼の言葉に、私は驚いた。
「どうしたの? 急に……」
「うん……だっておまえ、どっか行っちゃいそうなんだもん」
「……行かないよ。でも、ずっとなんて言葉、本当にあるのかな……」
私がそう言ったのは、永遠なんて信じていないから。彼のことは好きだし、ずっと一緒にいたいとも思うけど、いつか別れると思うと、熱くならずにいたいとも思う。
「証明してあげる」
彼はそう言うと、私の額、鼻、そして唇にキスをしてきた。
「これが証明?」
「誓いのキス」
「え?」
「俺はおまえが望む限り、ずっとそばにいるよ。どれだけ抱きしめても満たされないなら、満たされるまで抱きしめててやる。俺はおまえの絶対的な理解者でいたいし、俺も自分らしくいられるのはおまえだけだと思う」
彼の言葉に微笑み、私は彼に抱きついた。
嬉しい――でもこんな時でさえ、一歩後ろから冷静に見つめている自分がいる。
それでもいい。満たされたい。この人とずっと一緒にいたい。そしていつか、一歩後ろにいる私と同化出来ることがあるかもしれない。この人と一緒なら……そう思った。
「愛……」
まるで宝物のようにそう呼ばれ、私は初めて心から愛で満たされるのを感じていた。