168 ひと夏の果実さがし
夏、誰もが開放的になり、水着一つで海へ向かう。人の目なんて気にしない。そして獲物を狙う。
「みーく! 早くしなよ。男漁りの時間が減る」
その言葉に、少女が苦笑しながら振り向いた。
「待って、玲ちゃん。まだ浮き輪が……」
そう言って、みくは浮き輪に息を送り込む。
連れである友達の玲は、呆れるように腕を組んだ。
「もう。なんで空気入れ持って来ないのよ」
「見つからなかったんだもん。大丈夫、もうちょっと」
「いいから貸しなさいよ。私も手伝う」
すでに酸欠状態のみくに、玲は代わって息を送る。
やっと完成した浮き輪に、二人は海へと飛び出していった。
「海! 海! 海!」
「わかってるわよ。恥ずかしいでしょ、田舎モノ」
「ひどい。玲ちゃんだって同じ町に住んでるのに」
二人は仲良しの友達同士で、今年高校生になったばかりだ。あわよくば、素敵な出会いを探しに来たものの、まだ積極的なものでもなく、今日も二人きりで遊んで終わるものだと思う。
「もう、いいからおいで」
「海、怖い」
「浮き輪あるでしょ。早く!」
玲は浮き輪の紐を引っ張り、海へと出ていく。
「気持ちいい。来てよかったね、玲ちゃん」
「うん。やっぱ夏は海でしょ。いい男いないかなあ」
「いいじゃん、二人で遊んでも」
「まあね。このへん混んでるし、端っこまで連れてってあげようか」
「え? 遠くない」
「大丈夫だって」
泳げる玲は、みくを引っ張りながら、海水浴場の仕切りのある端まで泳ぎ出す。
「よかった。辛うじてつま先もつく。これなら浮き輪いらなかったかも」
「カナヅチなんだから、肌身離さず持ってなさい。遠浅なんだから油断しちゃ駄目だよ」
「うん。玲ちゃんも、泳げるからって油断しちゃ駄目だよ」
二人は水を掛け合って遊びながら、海の中にずっといた。
「人いなくなってきたね。そろそろうちらも帰ろうか……」
しばらくして、玲がそう言って振り向いた。だが、たった今までいたはずのみくがいない。代わりに、空気の抜けかけた浮き輪が浮いている。
「みく? みく!」
顔面蒼白になり、玲は海の中に顔をつけた。だが、みくはいない。
「みく! みく!」
玲が叫んでいると、海の中から一人の男性が出てきた。その傍らには、みくの姿がある。
「みく!」
「連れの子? 溺れてたんだ。君は泳げるみたいだね。一緒に来て」
男性はそう言って、玲とともに砂浜へと向かっていく。
海から上がると、男性がライフセーバーだということがわかり、玲は少し安心した。
「みく! みく、しっかりして! みく!」
玲の呼びかけに、みくが目を覚ました。
「玲ちゃん……」
「もう、馬鹿! どこまで馬鹿なのよ! もう!」
「ごめん。浮き輪の空気が抜けて、パニクっちゃって……」
起き上がるみくはそう笑って、もう大丈夫なようだった。
「よかった!」
玲はみくに抱きついて、安堵の涙を流す。
「もう大丈夫だね。気をつけて帰るんだよ」
ライフセーバーの男性に、二人は同時に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
おじぎをしながら、二人は互いの目を見合わせる。
「もしや……」
「……ライバル?」
二人は笑って、ライフセーバーを見送る。
「明日も来よっか、海」
「いいねえ」
海の危険を体験したものの、懲りない二人であった。