167 桜の下の約束
愛美と愛華は小学校の高学年で出会った。
たった一日で親友になったように、二人はいつも一緒。
「え……愛華、中学受験するの?」
ある日、愛美が絶望的な顔をしてそう言った。
「うん……お母さんがそうしろって。私も、前から決めてた」
「そう、なんだ……」
愛美は目を泳がせる。中学受験などは考えたこともない。このまま愛華と、公立の中学に一緒に通うものと思っていた。だが、確かに愛華は勉強も出来るし、志しが自分とは違うということを薄々は感じ取っていた。
「でも、また会えるよ。友達じゃなくなるわけじゃないんだし」
「わかってる。寂しいけど、仕方ないよね……」
そのまま二人は、小学校卒業と同時に別れた。
「愛美。二十歳になったら会おうね」
桜の花びらに囲まれたまま、愛華がそう言った。愛美は無言で頷く。もう、言葉にならなかった。
月日は過ぎていく。
愛美は愛華との約束を覚えていたが、実際に会う機会はまったくなくなる。
「家は近いんだけど……もう別世界って感じだよなあ……」
高校生になった愛美は、グラウンドに寝そべってそう言った。
「なーに、ぼそぼそ独り言言ってんの。コワイ」
高校の友達が言ったので、愛美は笑って起き上がる。
「小学校の頃の友達のこと、思い出してたんだ。中学違って会わなくなっちゃったけど、桜の季節になると思い出すの」
ジャージに付いた土をはらいながら、愛美は桜の木を見つめる。来年見る頃には高校も卒業して、またひとつ大人に近付いていく。
「ああ、中学受験? 私もいるよ、そういう友達。仲良かったけど、もう別世界って感じだよね」
「わかる! 家だって近いけど、年賀状で近況話すくらい。やっぱお嬢様と庶民の身分差かなあ」
「なによそれ。でもま、わからんでもないけど」
友達の言葉を聞きながら、愛華は空を見上げる。
(私に新しい友達がいるように、愛華も新しい友達がたくさんいるはず。あの約束を覚えてても、二十歳になっても会えるかわからない……寂しいね、愛華……)
一方、私立高校の放課後、愛華は坂の上の学校から歩き出した。
駅まで続く桜並木が、愛華の心を揺さぶる。
「愛美、元気かなあ……」
ぼそっと、愛華はそう言って、眼下に広がる街を見つめた。
(愛美は人気者だし、もう新しい友達もたくさんいて、私のことなんか忘れてるだろうな……)
愛華は悲しく微笑むと、そのまま家路へと歩き出す。
遠い日の約束は、桜を通じて思い出す。
二人の約束が果たされるかどうかはわからないが、二人は忘れないだろう。あの輝いた時代も、あの日の桜の木も……。