161 親孝行
律子は高校を辞めてアメリカへ渡った。親とは絶縁状態。それは、夢を追いかけて高校を辞めたこともあるし、それが原因で大きな喧嘩をして、家を飛び出したことにもある。
兄と姉がいる三人兄弟の末っ子だった律子。兄弟たちからは、末っ子だから甘やかされてと思われているが、律子にもコンプレックスというものがただならぬほどあった。出来のいい兄弟たちと、ずっと比べられてきたのだから。
「CGの勉強がしたいの。夢なの」
ある日突然、律子は両親にそう言った。
「シージー?」
両親には理解するだけの知識がない。
「こういうのよ」
律子はそう言って、自ら作成した絵のような写真のようなものを見せる。
「……勉強するのはいいことだと思うよ。でも、それが高校を辞めることと繋がるとは思えないね。卒業してからでいいじゃないか。それともそのCGとかいうものが学べる専門学校にでも行けばいい」
「私もそう思ったわ。でも、今こうしている時間がもったいない。専門学校へ行くにしても、今の時期から通いたい。そうじゃないと、私の憧れているマイケルステア・マクガイアの弟子にも取ってもらえないわ」
またも横文字の名前が出てきて、両親はほとほと困り果てる。
「誰だね、そのマイケルなんとかいう人は」
「言ったでしょ。私の憧れているCGの神様のような人よ。高校の勉強が私の将来に役立つとは思えない。学歴だって必要ない。私は苦労するかもしれないけど、私には私の夢があるの!」
「夢を持つことは大事だ。だけど、苦労するとわかっていて辞めるのは得策じゃない。夢なら諦めなければ、いつか叶うものだ。なぜ今出来ることが十年後に出来ないというんだ」
「十年後の保証なんか何もないじゃない! 明日私は死ぬかもしれない。マイケルステアさんだって、私よりも大人。十年後にCGの世界にいるかもわからない。十年後、私は何をしているの? 夢を追いかけているの? 私は今、後悔したくないだけよ!」
「律子! お父さんは許さない。十年後に同じ思いでないならば、それだけの夢というものだ。学生の本分は勉強。学校の勉強が出来ないで、どうしてCGの勉強が出来るんだ」
父親の言葉は、律子にも痛いほどわかっていた。自分がわがままを言っていることもわかる。でも、律子にはこの大きすぎる夢を持て余すことは出来なかった。
その夜、律子は家を飛び出した。
小さい荷物には、子供の頃から溜めてきた貯金が全額入っている。高校に入ってからは、このためにバイトもして贅沢をしたこともない。すべては夢のためだった。
単身、子供の律子がアメリカに渡ったことは苦労以外のなにものでもなかった。親戚も友達も、頼れる人など誰一人いない。拙い英語で、憧れの人を訪ねるが、もちろん会わせてはもらえない。それでも毎日通い詰め、その熱意にやっと憧れの人物に会うことが出来た。
相手にも、まずは両親を説得しろと言われた。電話で説き伏せると約束をし、律子は憧れの人の下で働けることが出来たのは、自分の熱意と相手の好意、ラッキー以外のなにものでもないが、ここで帰るわけにはいかなかった。
「がむしゃらに働いたんでしょうね。思い込んだら真っ直ぐの子だから……ちゃんと連絡もくれていたし、自分の選んだ道だから、苦しいなんて一言も言いませんでしたね」
母親はそう言って、隣に座る父親にそう言った。
父親ももう、穏やかな顔で前を見つめている。
「十年後ではなく、今後悔したくないと言った律子に、私は負けたんだよ。あれだけの熱意ある人間を、夢を、どうして潰そうと思うね……あの子が立った日のことを思い出した。兄弟の誰よりも立ち上がったのが早かった。もうずっと、あの子は自分の足で将来の道を歩んでいたんだね……」
そう言ったところで、あたりは真っ暗になり、目の前にある巨大スクリーンが光を発した。
SF映画が始まる。全世界で大ヒットとなっているこの映画には、律子が関わっていると本人から電話で聞いた。
両親はそれを見ながら、我が子の成長に涙した。
(律子……)
映画が終わり、エンドロールが流れる中で、二人は映画よりメインとばかりに目を凝らした。
「お父さん!」
母親の声が響いたが、もう本編ではないので誰も驚かない。
「うん。うん……」
二人の目に、律子の名前がしっかりと映っていた。