150 入れ替わりッ!
奈津美と明は幼馴染みで犬猿の仲。中学校一年生の春。
「このブッサイク!」
明の言葉を最後まで聞かず、すでに奈津美の平手が明に飛んでいた。
「おまえなんかチビザル!」
奈津美も、自分より背の小さい明に向かってそう言った。
二人は会えば喧嘩している。そんな仲になったのは、小学校高学年に上がった頃、互いが互いを意識し始めた結果のようだ。
「あんたら、中学になっても全然変わんないね」
奈津美が教室に入るなり、親友の優子がそう言った。
「ああ……またやってしまった」
「もう。好きなんでしょ、明君のこと。どんだけツンデレ? いや、デレはないのか……」
「だってあいつ、超ガキ! サイアク!」
明にずっと惹かれている奈津美だが、明の言動でつい喧嘩に発展してしまう。どれだけちゃんと話したいと思っても、もはや無理なのかもしれない。
「はあ……」
深い溜息を、奈津美はついた。
「はぁ~」
放課後になり、明も溜息をついていた。
「あ、明日こそは……奈津美を怒らせない……」
そう言ったところで、前の方を歩く奈津美の後ろ姿が見えた。
また女子同士で奇抜な髪型にしたようで、長い髪が編み込まれている。
「ブッサイク奈津美! そんな髪にしたって、ブサイクは直んねーし!」
「はあ? べつに可愛くなろうと思って髪型変えたわけじゃないし!」
途端に、奈津美が食いかかる。
「この減らず口が!」
「どっちがよ!」
二人は、互いの顔をつねりあい、歯を食いしばる。
しばらく取っ組み合いが続いたその時、奈津美が足を踏み外し、そばにあった用水路に転げ落ちていった。
「奈津美!」
とっさに明が奈津美の腕を掴んだが、そのまま止められる力もなく、二人して用水路へと落ちて行った。
水の中に落ちた二人だが、そこは流れもなく浅い川で、二人はすぐに、もといた道路ではなく、逆側の大きな河原へ続く土手へと這い上がった。
「はあ……もうやめようよ、明。私たち、中学生なんだよ。もう私だって疲れたよ……」
「そうだな。でもなんか、おまえの顔見ると……おまえの顔、見ると……」
二人は、互いを見つめ合った。そして、信じられない様子で互いの顔を触る。
「俺?」
「私?!」
「い、入れ替わってる――?!」
明は奈津美の姿に、奈津美は明の姿に変わっているではないか。二人はパニック状態で、河原を駆け回る。
「嘘でしょう?」
「信じらんねえ! これは夢だ!」
「夢。そうか……」
その時、明の姿をした奈津美が座り込んだ。
「奈津美?」
「トイレ……」
「え? ああ、そういや、さっきから行きたかったな……」
「馬鹿! なんで学校出る前にしとかないのよ!」
「そんなこと言ったって……とにかく、そこらへんでして来いよ」
奈津美の姿をした明が、草むらを指差す。
「出来るか!」
「じゃあどうすんだよ。俺の体を大事にしろよ! 膀胱炎にでもなったらどうすんだ」
「やだ、無理。キタナイ! 仕方わかんないし」
「仕方って……とにかく、このままじゃおもらしとか……そんなの絶対許さないからな。誰かに見られたらどうすんだよ!」
「だって……ううん、こんなことあるはずない。やっぱりこれは夢よ。そうだよ、夢だよ」
現実逃避を始める奈津美の頭を、明が揺さぶる。
「しっかりしろ! 俺だって、夢なら覚めてほしいし」
「きっと罰が当たったんだ……私が素直にならないから」
急にしおらしくなった奈津美は、目の前にいる自分を見つめる。
「なんか、こんな時にアレだけど……私、ずっと明のことが好きだった! 本当は喧嘩だってしたくないし、ずっと一緒にいたい!」
「そ、そんな……俺の姿してるおまえに言われたくないし……」
その言葉に落ち込む奈津美を、明はそっと抱き締めた。
「悪い。なんか、おまえ見てるとからかいたくなるんだよな……でも俺だって、喧嘩なんかしたくないんだ。毎日後悔しっぱなし。俺だって奈津美のことが好きだ」
「……自分に言われてるみたいで気持ち悪い……」
「なんだと。人がせっかく……」
その時、明がよろめき、またしても用水路のほうに体を崩した。とっさに奈津美が腕を掴むが、さっきと同様、二人はそのまま用水路の中へと入ってしまった。
「も、戻った……?」
感覚が元通りで、二人は抱き合った。
「やった! はあ、もうなんだったんだよ……」
「やっぱり、神様の悪戯かな」
「……夢見がちオンナ」
「はあ? もう、明なんか知らないし!」
そのまま、奈津美は急いで帰っていった。
次の日も、二人の関係は変わらず、喧嘩から始まった。
「なあ。おまえら昨日、用水路のところでさあ……いちゃついてたろ!」
次の日、クラスメイトから広まった噂は、あっという間に学校中に知れ渡り、二人のバトルは必然的に終わった。
「もう、終わりにするべ」
「うん……」
あの不思議な事件があったからこそ、素直になれた二人。
二人の痴話喧嘩はすっかりなくなり、代わりに二人の手はいつも握られている――。