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146 心の声を聞かせて……

「たすけて……」

 たった一言、言えなかった。


 どうして殴られるのか――私が悪いの。

 私が食べ物を零したから、私がおもちゃを散らかしたから、私が悪い子だから――。


「虐待。その意味がわかりますか? お父さんやお母さん、家族に殴られたり、食べ物を与えてもらえなかったり、そんな人がいたら、こっそりでいいから、先生のところに言いに来て――」

 小学校では、担任の先生がそんなことを言っていた。

 虐待……うちの場合は、虐待じゃない。私が悪い子だから。それに、ママと離れるのは嫌。私が良い子にしたら、きっとママはわかってくれる。


 でも――ママは私を褒めてなんかくれない。何をしても怒る。何をしても殴る。だってママにとっては、私の存在自体が許せないものだから……。


 その日も、些細なことから私は殴られ、ベランダに放り出された。

「ママ! ママ開けて! 寒いよ!」

 さすがに春といえど夜は寒くて、私は震えながら窓を叩いた。その震えは、死への恐怖も入っていたと思う。

「うるさいわね! そこでしばらく反省してなさい!」

 ママはそう言って、カーテンを閉めてしまった。

 しばらく、という言葉に希望を見つけて、私はベランダにしゃがみ込んだ。

 すると、見憶えのある車が、団地の前に止まる。私は、恐怖にしりもちをついた。

 あの男だ……あの男が来てから、私は殴られるようになった。ママも同じく私を叩く。あの男は、ママの恋人……今日もまた、ベランダに放り出された私が悪さをしたと思い込んで、私を殴り倒すのだろう。

 ママとは離れたくない。でも、あの男は怖い。

「た……たすけて!」

 私はそう言った。

 するとその時、窓が開いた。男が私に手を伸ばす。

「イヤーーー!」

 気が付けば、私は五階の部屋から飛び降りていた。


 目を覚ますと、そこは病室だった。

 私が飛び降りたことは、すぐに団地の住人に気付かれ、ママたちが隠すことは出来なかったと後で聞いた。

 私が助かったのは、下が植え込みだったことと、前日の雨で土がぬかるんでいたかららしい。

「ママは……?」

 そばにいた看護士さんに、私は尋ねた。

「警察に……」

 その言葉を聞いて、私は絶望と同時にほっとした。

「あなた、虐待されていたのね? 体中に痣や傷があったわ。飛び降りの件でも、これから警察も来ると思うけど、今後お母さんたちに会えないわけじゃないわ」

「どうして……助けてが言えなかったんだろう……」

 ほっとした私は、途端に今までの自分が不思議に思えて、ぼそっとそう言った。

 その言葉に、看護士さんは私の手を取る。

「あなたの体にある痣や傷は、助けてのサインだった。口で言うのはとても難しいかもしれないけど、通報した人が言っていたわ。助けてっていう声が聞こえたって……」

「そうだ……私、助けてって言ったんだ……」

「そう、あなたは勇気を出したのよ。勇気があれば、物も言える。サインも出せる。そんな勇気も出せない子の心の声が聞ければいいのだけれど……とにかく、あなたは助かったの。そして自分で声を出してね。先のことはともかくとして、まずは怪我を治しましょう」

「はい……」

 私はすっかりその場の心地良さに安心して眠った。

 それから私は養護施設に入り、ママとは離れて暮らすことになったが、恐怖のない生活を手に入れた。

 将来は、私のような虐待に遭っている子の心の声が聞こえるように、一人でも多くの子供を救いたい。子供たちに寄り沿いたい。そんな仕事がしたいと、夢見るようになっている。

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