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143 ある文人の話

 また町が騒がしい。

 私は筆を走らせるのをやめて、窓から顔を出した。

 百姓たちが手に鍬や鎌を持って、次々と溢れているのが見える。

「私も闘わなければ」

 お上が年貢をたっぷり取り上げるので、百姓たちは村人総出で一揆を起こそうとしている。

 もちろん、私の家は旧家で金持ちであるが、同じく一揆に加わっていることだろう。

 私は――といえば、旧家のぼっちゃん。しかも三男坊となれば、期待もかけられなければ可愛がられてもいない。いや、親はとっくに私を見離したと思っている。

「喜多村家の三男坊はきちがいで、まったく表に出ようとしないらしい。しかも無名の作家と名乗っているらしく、毎日きちがいのような随筆を書いているようだ」

 そんな噂は、私の耳にも届いている。ああ、皆が言うなら私はきちがいなのだろう。

 そう受け入れても、私は誰からも期待をかけられないし、私自身も現状維持で構わないと思っている。

 きっと名が売れれば私の見方も変わるのだろうが、それはそれでしゃくではないか、と思うことがある。

 愚かな人間に見た目や持っている肩書で、私の存在を勝手に認めないでいただきたい、と思う私は、やっぱりきちがいなのだろうな。


「喜多村先生! 喜多村先生!」

 そんな時、私のいる離れの扉越しに、そんな声が響いた。

 母屋ではなく離れに直接来るということは、私の客しかいないだろう。しかし、先生と呼ばれる筋合いはまったくない。

「はい……」

 私は重い腰を上げて、四畳半の書斎から顔を覗かせる。

 すると、そこには私と同じ年くらいの青年がいた。

「喜多村先生ですね? これを書いた!」

 青年の手には、私が先日、出版社へ投稿した作品が握られているではないか。

 私は怪訝な顔で青年を見つめる。

「そうだが……あなたは?」

「ああ、失礼しました。私は学生のとどろきと申します。先生が投稿なされた出版社で仕事の手伝いをしています。この作品、大変感銘を受けまして、直接参った次第です!」

 轟と名乗った彼の言葉が、私には信じられなかった。

 私は頭をぼりぼりとかき、扉を大きく開く。

「まあ、ここじゃあなんですから、中へお入りください」

 そう言うと、轟はお邪魔しますと言って入ってきた。

「では、お話を伺いましょうか」

 私の言葉に、轟は大きく頷いた。

「この作品、とても素晴らしいと思います。風刺がきいている。そしてわかりやすい。この作品は間違いなく、闘いの物語です!」

 それはそうだ、と思った。私は百姓一揆には参加するつもりはない(性に合わないから出来ないのだ)が、同じように誰かに発信し、私なりの方法で闘おうと思ってきたからである。

 私はその旨、轟に話すと、彼はまた大きく頷いた。

「先生のお気持ちはよくわかりました。僕は百姓一揆にも参加しますが、文芸も好きで自分で物語を書いています。書く限りは闘いの発信もせねばと、物書きの使命であると思っているのです。出版社では、先生のお話は過激だと言われています。でも僕は、この作品を世界に広めたい!」

 そこまで言ってくれる轟だが、話の内容で彼もまた過激派と呼ばれる学生なのだと察しがついた。

「あなたはアカか」

 私の言葉に、轟は驚きながらも、やがて真っ直ぐに私を見据え、自信を持って頷いた。

「はい。アカが悪い人間だとは思いません。それを排除する人間もまた、過激派と呼ばれる人間なのですから。先生はこんな過激な作品を書いておられながら、アカではないと申されるのですか?」

 逆に質問され、私は考えた。

「考えたこともない。私はただ、体を動かして訴えが出来ないかわりに、筆を走らせているだけだ。のうのうと生きているだけの三男坊では、生きていることに申し訳なく思えてね」

「僕も同じです。アカだシロだと言われるのは見た目で判断されていること。自分でどちらとは言わないし、人々の暮らしが良くなればこその行動ですから、百姓一揆と同じだと思っています。ではなぜ、百姓一揆はアカでなく、政治批判はアカなのでしょう」

 轟の言葉に、私はすっかり聞き入ってしまい、やがて口を開く。

「アカ、というのは赤旗の象徴だね。フランス革命しかり、さまざまな国で民衆が立ち上がる時の象徴として使われている。彼らは政治犯ではないだろうに、なぜそうやって侮辱されるのだろうね?」

「それは……政治批判をすれば、国が成り立たないから?」

「それも正解。それからもうひとつ、赤羽根の語源説がある。赤羽根とは勢いのある水が溢れたりして危険なこと。誰が危険と恐れている?」

「……政治家、官僚、とにかく地位の高い人たちです」

 私たちはすっかり教師と生徒のように、互いに質問をぶつけ合い、答える。

「地位の高い人たちに、貧しい人間の気持ちがわかると思うかね? 貧しい人間もまた、一銭の価値でもゴミのようには思えないだろう。もともとわかりあえないのならば、歩み寄るしかない。あちらは政治をし、こちらはそれを受け入れている。その政治が苦しく間違ったものならば、我々には拒否して正す権利がある。人として生きるために、闘わなければならないこともある。それは血を流すことではないと、私は思っている」

「ペンで闘える、ということですね?」

 轟がそう言ったところで、私はゆっくりと立ち上がり、膝を何度か上げ下げをした。

「先生?」

「私もたまには表立って闘いたくなった。筆の力で闘うにしても、現場を見なければ。百姓一揆に参加してくるよ」

「ぼ、僕も行きます!」

「では、話しながら行こうか」

 私たちはすっかり話し込んで、更には政治の話が哲学の話まで発展した。そして一揆に参加すると、汗をかいて訴えた。人間らしく生きる権利を求めて。

「私たちは、人間だ!」

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