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138 ガラスの靴をちょうだい

 ソフィアは貧しい町娘だが、ただ繰り返されるだけの毎日に嫌気が差し、幸せな結婚を夢見ている。

「まーたソフィアが上の空よ。ほら、ちゃんと仕事して!」

 川辺で洗濯をしながら、少女たちがそう言った。

 その中にいたソフィアもまた、朝から晩まで洗濯の仕事をしている。

「あ、ごめんなさい」

「まったく。やることやらないで夢見てたってしょうがないでしょ」

「そんな言い方ないじゃない……」

 ソフィアは思わず口を曲げて、洗濯仕事に打ち込む。

「だってそうでしょ? ソフィアは王子様を待ってるんだもの。だいたい、この国に王子様なんていないし、あんたの王子様はせいぜい庭師の息子か鍛冶屋くらいよ」

 仲間がそうやってからかうのは、ソフィアが日頃から王子様を待ち焦がれていると言っているからだ。

「みんな夢がないわね。諦めなければ、そのうちきっと王子様がやってくるんだから」

 夢見がちなソフィアに、仲間たちも呆れ顔だ。

「無理ったら無理よ。夢なんか見たって空しいだけじゃない」

「……私にだって誰にだって、魔法使いが現れれば舞踏会に行けるわ。いないのはわかってる。でも、退屈な毎日に夢見たっていいじゃない! もしもガラスの靴があれば、素敵な人が見つけてくれるかもって、思うだけならいいじゃない……!」

 そう言って、ソフィアは黙々と洗濯を続けた。


 小さい頃、ソフィアはおとぎ話に夢中だった。だが大人になるにつれ、現実を知る。

 毎日を生きることだけで精一杯で、疲れて眠るだけの夜を送る。そんな中でおとぎ話のような夢を見るのは、ソフィアの気晴らしだった。

「べつに、本当に夢見てるわけじゃ……」

 その時、ソフィアの部屋の窓がノックされた。

 ここは二人の相部屋だが、相方はとっくに寝てしまっている。

「風……?」

 ふと窓を開けると、誰もいない。だが代わりに、窓枠に手の平ほどのガラスの靴が片方置かれており、“ソフィアへ”というメモが残されている。

「ガラスの靴……?」

 ソフィアは慌てて、外へと飛び出した。だが、そこには誰もいない。

 首を傾げながら、ソフィアは眠りについた。


 朝になっても、夢ではなくガラスの靴はそこにあった。

「不思議……」

 ソフィアは、また自分の中で強くなったであろう夢物語を、仲間たちに話す。

「ガラスの靴がおいてあったの! すごいでしょう?」

 仲間たちも驚いていたが、そのうちの一人が静かに口を開いた。

「あ、思い出したわ。その靴、見たことあると思ったら、メインストリートで売ってたわよ」

「ええ! どこで?」

 それを聞いて、ソフィアは落胆する。

「うん。確かガラス屋よ。いつもショーウィンドウに飾られているの」

「じゃあこれは、その店の……」

 落胆しながらも、ソフィアはその夜、仕事を終えるや否や、仲間の言っていたガラス店へと足を運ぶ。

 確かにショーウィンドウには、同じデザインのガラスの靴がおいてある。

「お嬢さん。探しているのは、これですか?」

 その言葉に、ソフィアが振り向くと、そこには知らない紳士が立っている。そしてその手には、ソフィアの持つガラスの靴のもう片方が握られていた。

「あ、あなたが……?」

 そう言いながら、ソフィアは紳士を見つめる。

 父親くらいの年の紳士は、よくよくみると仕事場にときどき洗濯物を持ってくる、常連の客だということがわかった。

「いいや。私は君の王子様にはなれない。だって年が違い過ぎるし、私は結婚しているからね。でも、君の幸せを運ぶ青い鳥にはなれるかもしれないよ」

 紳士がそう言うと、後ろからソフィアと同じ年頃の少年が顔を出した。

「お父様。この人は?」

 その口調から、少年が紳士の息子だということがわかる。

 紳士は優しく微笑むと、少年の手にガラスの靴を持たせる。

「彼女はソフィア。いつも洗濯をしてくれている子だよ。少し時間があるから、おまえ、ソフィアに町を案内しておやり。彼女は仕事が忙しくて、きっと町を回ったこともないだろう」

 紳士の言葉に、少年は頷いて、ソフィアが来るよう手を伸ばす。

 驚いているソフィアの肩を、紳士は優しく叩いた。

「昨日、洗濯を頼みに行ったら、君がみんなにからかわれていたのが見えて、放っておけなくなったんだ。王子様はいなくても、チャンスはいくらでも転がっている。今の私に出来ることは、これが精一杯。私は魔法使いにはなれるかね?」

 悪戯な瞳で笑う紳士に、ソフィアは笑った。

「はい。素敵な魔法をありがとうございます」

「魔法が解けないよう祈るよ。君は今、お姫様なんだから」

 そんな言葉を受け、ソフィアは少年と手を繋いだ。

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