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133 私の良心

 私は、その犯人を知っていた。教授を殺した犯人を――。


 私たち大学院生は、教授に付いて日々学んでいる。

 教授に嫌われれば将来はないし、なんとかして推薦をもらい、論文が認められなければ道は閉ざされる。

 地質学を専攻した私は、本田教授の下で日々勉強しているが、本田教授は無類の女好き。セクハラはしょっちゅうだったし、口外すれば論文は読みもしないとまで言われていた。

 だけど私は教授を尊敬していたし、セクハラだって軽いもの。そう考えるようにしていた。

「そんなの駄目だよ」

 そう言ったのは、私の彼である。

 彼もまた、専攻は違うが同じ大学院生として学んでいる同級生だ。

「でも、問題は起こしたくないわ。教授のことは尊敬してるの。教授がいなくなったら、この学校で学ぶことすら出来なくなるわ」

「教授は簡単には失脚しないんじゃないかな。だってその道の権威だし、学校だって君が言うことより教授が言うことのほうを信じると思う。君に勝ち目はないよ。そうだなあ……教授が死なない限りね」

「……それこそ無理だわ。教授はもうすぐある孫娘の誕生日のことで頭がいっぱいなんですって。死ぬどころか元気がありあまっているくらい」

 私は彼の体に身を預けながら、その横顔を見上げた。顔の横にあるシャツからは彼のいい匂いがして、特殊なボタンが目を引く。お洒落な彼が大好きだ、と再認識して、私は彼と抱き合った。


 私が彼とそんな会話を交わした一週間後、事件は起きた。

 その日、私はとある学会で受付の手伝いを頼まれ、他県にいたが、帰りの電車で教授の奥様からメールを頂いた。


“まだ帰ってないんだけれども、あなた一緒にいるの?”


 教授の奥様は、教授の行動を逐一監視するような節がある。それは教授の女好きのせいもあるだろうが、この手の連絡は何度もあった。


“今日は私一人、学会で他県にいて、今から帰るところです。教授のことはわかりませんが、研究室で論文を読んでいるかもしれませんね”


 私はそう返した。

 それというのも昨日、教授が論文を読まなければと言っていたのを思い出したからである。

 でも、奥様からのメールは終わらなかった。こんな時間になっても連絡をよこさないのは、何かあったのかもしれない。研究室へ行って様子を見に行ってもらいたいという言葉に、私は溜息をついた。

「なんでこんな時間に……」

 すでに夜中に近いが、以前、教授は脳梗塞で倒れたこともあり、確かに心配だと思い直して、私は研究室へ向かった。


 研究室に入って一瞬、私は何が起こったのかわからなくなった。

 教授が血だらけになり、机の近くにうつ伏せで倒れている。

「きょ、教授……?」

 私は悲鳴一つ上げることすら出来ず、その光景を見つめていた。


 それからというもの、他の研究室に残っている先生に助けを求め、警察を呼んだりと大変だった。

 当然、私は第一発見者として迎え撃つ形になるが、放心状態で答えられるだろうか。

 他の教授たちがてんやわんやしている中で、私は事件現場となった部屋をただ見つめていた。教授の机には、私が書いた論文が置かれ、それにも血がついている。

 私はがっくりと肩を落とし、机の下に目をやった。すると、見なれたボタンが落ちている。

(どこで見たんだっけ……)

 心の中でそう言いながら、思い出した。

(これは、彼氏のシャツのボタンだ……!)

 というのも、彼氏がこの間着ていて、綺麗で特殊なボタンだったからだ。


 やがて、警察がやってきた。

「第一発見者は、君?」

 そう聞かれ、私はとっさに持っていたボタンを握って隠す。

「は、はい」

「少し事情を聞かせてくれるかな。ここじゃなんだから、別のところで」

「はい……」

 移動の間に、私は証拠となるであろうボタンをポケットに入れた。


 彼を助けるか、教授の無念を晴らすのか、私の良心がズクズクと痛む。

 私だけが、その犯人を知っている。教授を殺した犯人を――。

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