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126 十年戦記

 私はラーテルー国の勇者で、名をラダンといいます。国一番の強い男と称されてきました。

 十年前に、隣国であるハルバン王国の王がクーデターにより処刑されたところから、戦争が始まりました。王と仲のよかった我が国の総帥を失脚し、この国までもを奪おうと、隣国が乗り込んで来たのです。


「ラダン様! この先に何千……いや、何万ものハルバン兵士が待ち構えています!」

 その報告に、私は目を光らせた。

 もともと我が国は、ハルバン王国よりも国土が狭く、国民も少ない。それでも十年もの間侵略されなかったのは、我が国の地形が山谷で、思うように身動きが取れなかったからに他ならない。

 前線であるこの部隊は、押しに押されて我が国都市部まで到達しようとしている。残り数百兵しかおらず、弾も底をつき、もうみんな士気も下がっている。

 これ以上の戦いは、無意味だった。

「みんな。これより先は都市部で、おまえたちの家族もいることだろう。数万対数百……最後まで諦めなければ形勢逆転出来るということも、もう言えまい。長い戦いを、今こそ終えよう」

 私の言葉に、ほっとした顔を見せた者、まだやれると息巻いている者、さまざまだった。

 私はこう続けた。

「これ以上、無意味な血を流してはいけない。これからは国ではなく、自分の家族や自分の村を守りなさい。略奪や無意味な争いがないように、私は交渉しに行く」

 そう言って、私は立ち上がった。

 私は隊長であれど一兵士で、国交の交渉をする権限は与えられていない。それでも、きちんと話し合いをしていたかった。

「総帥や大臣に、交渉の準備をと伝えてくれ。数日経っても私が帰らなかったら、おまえたちは家に帰りなさい。もう戦いは終わりだ」

 もう一度私はそう言って、馬に跨り、数キロ先にある敵陣へと向かっていった。


 敵から見える丘の上で、私は銃や剣を捨て、両手を上げる。

 そのうち、数人の敵兵がやって来た。

「なんの真似だ。一人か?」

 敵兵が言った。私は手を上げたまま頷く。

「私はラーテルー国のラダン。あなた方の指揮官と交渉がしたい」

「ラダンの名なら知ってるぞ。ラーテルー一番の勇者らしいな。馬から降りろ」

 そう言われ、私は馬から降りる。

 その時、敵兵が私の腹を蹴り上げた。

「俺の弟は、あんたに殺されたんだ!」

 私は険しい顔をしながらも、何度も続くリンチに耐える。

「勝てる戦争を望んでいるわけではない……だが、負ければ集団虐殺か。我々は、自分から戦いを望んだりはしない。国が侵略され、我が国の人間が殺されるなら、私たちは戦う! あなた方の指揮官と話をさせてくれ!」

 その時、数人いた男たちの中で、ずっと顔を隠し傍観していた男が前へ出た。

「俺がハルバン王国の指揮官、テジオンだ」

 そう名乗り、顔を隠していた布を取った男に、私はお辞儀をする。その顔は、何度も見ている顔だ。

「戦いの終止符を打ちたいというわけか。だがあいにく、私は交渉の権限を持っていない」

 テジオンがそう言った。

「それは私とて同じことだ。あなたで駄目なら、新しい国王を呼んでもらいたい。こちらも、総帥を呼んでいるところです」

「勝手なおまえの判断で、戦争を終わらせることなど出来ないだろう。ではなぜ、もっと早くに言い出さなかった? 十年だぞ、この戦争は」

「……無意味な戦いとは思わない。負けたから死んだ人間が無駄死にしたとも思えない。私は、さっきまでの過去は今供養している。私にあるのは、未来だけだ」

 そう言った私に、テジオンは皮肉に笑う。

「変わった人間だな。ではもしおまえに国交交渉の権限があるとしたら、何を望む?」

「……平和を。私にも家族がいる。私の部下たちも、家族を守るために戦ってきた。あなた方は違うだろう」

「まあ、我々の目的は、そちらの国を手に入れることだ。押している限り、家族は無事だしな」

 根本的な違いに、私は息を吐き、テジオンを見つめた。

「私に国交交渉の権限があるとしたら、我が国はハルバン王国の属国になっても、今は仕方がない。だが、人々に危害を加えるのだけはやめてくれ。略奪、強姦、戦争にはつきものだ。だが今、戦争を終結させたら、それは罪になる。あなた方の属国になるなら尚更に、同じ国民にそんな仕打ちは出来ないはずだ」

 それを聞いて、テジオンは大声で笑った。

「ハッハッハッハ。おまえは国を売るつもりか? いや、わかっている。それで最小限の犠牲で済むと思っている。だが、我々も慈善家じゃないんだ。手に入れたものはそれなりに見せつけておかねば」

 交渉決裂の予感に、私は顔を曇らせる。

「私の命で済むものなら引き受けるが……家族を売ることは出来ない。国民全員が死ぬのを覚悟で、もう一度戦えというのか。略奪や強姦が行われるよりも、死んだほうが潔いというのか。そんなもの、幸せでもなんでもない!」

 そう言って嘆く私に、テジオンは手を差し伸べる。

「黙っていて悪かったが、俺が新国王だ。前の国王は独裁政治。俺は仲間を集めて、腐りきった国を立て直そうと考えた。おまえの国に侵略したのは悪かったが、欲しいのはおまえの言っている金めのものでも女でもない。おまえの国の、豊かな資源だ。綺麗な水、豊かな森、石炭、織物すべてだ。だが、それを拒否し、我が国の交渉人を殺したのは、おまえの国の総帥だぞ?」

 私は目を見開いた。

「では総帥があなたの民を殺し、交渉を断ったと?」

「我々も無理難題は言わない。全部とも言っていないが、我が国は水不足やエネルギー不足で国民が苦しめられている。おまえの国の豊富な資源を、分けて欲しいと願っているだけだ。だが、死体で帰ってきた交渉人を見て、戦争が始まった。これ以上、略奪や強姦などしない。約束する」

 私は、差し伸べられたテジオンの手を取る。

 こうして、国のトップによる最低な対応のおかげで始まった戦争はようやく終わりを迎え、新しい平和の時代が始まった――。

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