123 グラス片手に失脚を
ここに一人の男爵がいる。自らの性格があだとなり、自らを首絞めている男だ。
これは、悲しき裸の王様と化した男の物語である。
今日はめでたい日だ。
プライドの高い男爵も、親戚の子供が生まれたということで、いつになく陽気に酒を呑んでいる。
「私はね、世界中を旅して来て、それこそ知性と教養の塊のような男なんだよ。生まれてきた子にも、私のような賢い人間になってもらいたいものだね」
また始まったと、一同はそれぞれに渋い顔をする。
男爵のある事ない事を言う武勇伝は、それこそ長くてしつこい。また、同じことばかり言うので、みんな嫌がっているが、怒らせればまた面倒なことになるので、指摘する者はいない。
「ええ、おじ様。僕はこの子が、おじ様のようになればいいと願っていますよ」
このたび生まれた子の父親が、男爵にワインを注ぐ。
早めに酔い潰してしまわなければ、逆に暴れることもあるというのは、親戚一同がわかっていることだ。
「ああ、実にうまいワインだ。これはどこのワインだね? いや、私が当てよう。私はね、ソムリエにだってなれるくらいのワイン通だからね」
上機嫌な男爵に、一同は苦笑する。
「では、どうぞ。今日はこの日のために用意した、特別なワインですからね」
「そうだろう、そうだろう。でも、おまえみたいな若造にワインの味がわかるかね。これは高そうに見えて、それほどまでではない。そうだろう?」
「ええ、まあ」
「そうだな……これはフランス産と見せかけて、チリ! チリのワインだ。一本一万円くらいかな」
「おお、正解だ! さすが男爵です」
一同は拍手したので安心したのか、男爵はそのまま眠ってしまった。
「おい、君。男爵は本当に正解したのかね?」
その言葉に、このたび生まれた子供の父親が苦笑した。
「まさか。これはフランス産のロマネコンティ。一本五十万ほどですよ。この子のために用意した、最高の酒です」
「ハッハッハ。またも男爵の失態ぶりが見えてしまったな」
「このワインを湯水のように飲まれてはたまりません。みなさんは、充分に楽しんでくださいね」
その一件で、男爵は親戚の誰からも信頼されなくなり、失脚した。
もっとも、ずいぶん前から同じようなことが積み重ねられていたからでもある。