120 大胆!白昼怪盗
「怪盗だ! やつが出たぞ!」
そんな声が聞こえる中で、俺は持ち前の短足をフルに動かす。
大胆な手口をする俺に、世間は「白昼怪盗」って呼ぶ。俺の行動時間は、決まって昼間だからだ。
怪盗なんて呼ばれると、世の女たちはコロッといっちまうかもしれない。ただの泥棒なのにな。
俺は不敵に笑って、走り続けた。
昼間ということで、Tシャツに短パンというラフな格好の俺だが、それが周りに溶け込んで、俺は捕まったことがない。
と、その時、俺は突然足を取られて、穴に落ちた。
そこは団地の横にある雑草の茂みだ。
「なんてこった!」
俺はしまったと思いながら、懸命に上へ上がろうとした。だが、そこは古い井戸らしく、膝丈までの水があるし、手を伸ばしても地上には届かない。
確かに、立ち入り禁止の柵を乗り越えたので、このためのものだったと頷ける。
「こりゃ、人を呼ばないと出られないぞ……」
俺は腹を括り、叫んだ。盗んだものを隠しておけば、誰も俺が怪盗だなんて思うはずがない。いや、今回は残念だが、この井戸に捨てていこう。
そう思って、俺は何度も叫ぶ。
「助けてくれー! 井戸に落ちたんだ!」
その時、一人の老婆が上から覗いた。
「あら、やだよ。玄さんじゃないかい」
古い町にずっと住んでいる俺は、誰もが知っている仲だ。
「さ、魚屋のばあちゃんか。よく気付いてくれたな」
「友達のみよさんが、この団地の一階に住んでるからねえ。声がして怖いっていうから、見に来たんだ」
長くなりそうな老婆の話に、俺は待ったをかける。
「わかったよ。どうでもいいから、誰か人を呼んでくれよ」
老婆はわかったと言って去っていった。
そしてしばらくして、数人の老婆が顔を出した。
「あら本当。玄さんだね」
「なんだってこんなところに」
老婆しかいないので、俺は幻滅する。
「婆さんたちばっかりか。誰か男手呼んでくれよ」
「今、息子呼んだからちょっと待ってな」
老婆の言葉に、俺は希望を見い出す。
そしてしばらくして、老婆の息子の他、警官が顔を出した。
「玄さん、来たぞ。そこでおまわりさんにも会ったから、今引き上げてやるから」
晴れてロープが垂らされ、俺はそれに捕まった。
井戸から這い上がった俺は、そこで大勢の人が集まっていることに苦笑した。
田舎町に起こった救出劇が、みんな物珍しかったんだろう。
「じゃあ玄さん。署まで来てもらおうか」
突然、俺の手首に手錠がはめられた。
俺はやっと出られた安堵と、大勢が集まっている恥ずかしさ、それらすべてが吹っ飛んで、放心状態になる。
「え……?」
その時、俺が井戸に置いてきた、ブラジャーが引き上げられた。
「これ、あんたが取ったんだな?」
警官の言葉に、俺は首を傾げて演技をする。
「さあ……俺が落ちた時にはもうあったと思ったけど……」
「嘘おっしゃい! これは、あたしが昨日買ったばかりのブラジャーだよ!」
そう言ったのは、目の前にいる老婆のみよさんだった。
「みよさんのだったのか……若い下着つけちゃって……」
俺は無念にうなだれ、警官に連れて行かれる。
「何が白昼怪盗だか。ただの下着泥棒のくせに。怪盗ってのをおまえが触れ回っていることは調査済みだ。どのみちおまえは、今日捕まる予定だったんだよ」
警官の言葉が身に沁みた。
俺は下着ならなんでもいいという甘い考えがあり、リサーチ不足を嘆いた。もっとも、この町には若い子なんてあまりいないが……田舎町の白昼怪盗は、こんな間抜けな格好で終わりを迎えたのである。