114 怪盗
東京のとある商業ビルに、展示中の絵画を盗むという、今時、珍しく古風な予告状が届いた。
「絵画が盗まれたぞ!」
まんまと盗まれた絵画を、刑事たちが追う。
ふと、刑事の一人が追うのをやめ、一つの扉へ向かっていった。今、まさに閉まろうとしていたのである。
扉は大きな防火壁で、その向こうにはバーラウンジが広がっている。今日は予告状が出たために、店を閉じているバーである。
「誰かいるのか?」
刑事はそう言って、防火壁の向こうに呼びかけた。
「おっと、見つかったか」
ラウンジの端で、マント姿の男が見えた。
「おまえ、予告状を出したやつか!」
「なかなか鋭い刑事だな。あの防火壁がさっさと閉まっていれば、気付かれることもなかったのだが……残念だ」
流暢にしゃべっているが、男の顔はシルクハットと真っ暗なラウンジで見えない。唯一、窓から差す空の明かりだけでは、背格好すらぼやけて見える。
「今、応援を呼ぶ。動くなよ」
「じゃあ、おまえも動くな」
そう言って、男は刑事に向けて何かを放り投げた。
「おっと、落とすなよ。それは爆弾だ」
「なんだと!」
刑事は慌てて、放り投げられた物をキャッチする。
キャッチしたものは、カウントダウンが始まっており、残り時間は三分しかない。応援を呼んでも間に合わないだろう。
「正確には、爆弾のリモコンだ。置き土産ってやつ」
「爆弾の場所は?」
「この部屋の何処か」
「クソッ。解除しろ!」
「もう無理だ。時間もないしな。ただし、勇敢な刑事さんに教えてやろうか。そのリモコンは、無理に壊そうとすると爆弾と連動して爆発する。中には二本のコードがある。一つが当たりで一つが外れ。外れたら爆発する」
そう言って、男は非常口のドアを開ける。
途端、物凄い風が吹き込んできた。
「逃がさないぞ!」
「命が惜しくないのかい? このビルにはまだ数えきれないほどの人間がいる。しかも、倒壊したらもっと被害が出るだろうな。あんたが二分の一の確立に掛けて解除するかい? どのみち時間切れで爆発する」
刑事はそれを聞いて、ラウンジのレジ付近にあるハサミを掴むと、リモコンのカバーを開ける。
「どちらかが当たりということは、当たりを切れば爆弾も連動して止まるってことだよな?」
刑事の言葉に、男はにやりと笑いながら、まるで刑事の行く末を見守っているかのように、その場から動こうとしない。
だが、刑事は男の存在など忘れ、爆弾処理に徹することにした。このままでは、多大な被害が出るどころの話ではない。
「赤か黒か……どっちだ!」
コードはどこに繋がっているのかわからない。勘で切らねばならないということに、刑事は冷や汗を書く。
「赤か黒か。赤か黒か……」
その時、妻が好きな色を思い出した。
「赤だ!」
その決断を出したのが、爆発のカウントダウン三十秒前。
汗を握りながら、刑事は赤いコードを切った。
「パァン!」
男の言葉に、刑事は飛び上がるほど驚いた。だが、爆発はしていない。
「やっ、た……?」
だが、見るとカウントダウンの数字が止まっていない。
「止まってない? 嘘だろ!」
もう選択の余地はなかった。刑事は、もう一方の黒いコードも切る。
すると、液晶の数字が消えた。
「ど、どういうことだ? 誤作動か?」
刑事が非常口を見ると、男は何処からか垂れているハシゴに掴まっている。
「誤作動じゃない。それは……ただの時間稼ぎだよ。ヘリが来る時間より早く着いたからね。本当は爆弾なんかないから安心しろ。しかし、今日は楽しかった。じゃあな」
男はそう言って、ヘリコプターに収容され去っていった。
「クソ! 時間稼ぎだと? なめやがって!」
刑事はそう言ったものの、極度の緊張で床に座り込む。
ふと、カウンターの上に、何かが置かれているのが見えた。
立ちあがって見てみると、そこには今日盗まれた絵画がある。
「どういうことだ? あいつ、なんのために……」
首を捻りながらも、刑事は絵画を持って戻っていく。
絵画はすり替えられた様子もなく、傷も付けられていなかったが、手紙が添えられていた。
“警察諸君へ。鬼ごっこは終わり。私を捕まえられなかったので、私の勝ちです。さて、この鍵は何処の鍵でしょう?”
手紙と一緒に添えられていた鍵は、後日、銀行の貸金庫の鍵ということがわかった。
中に入っていたのは、怪盗が盗んだ絵画と同じ物。しかも、金庫の中の絵画が本物だという鑑定を受け、世界は震撼し、そして怪盗は英雄として囃し立てられた。
それ以後、怪盗は姿を現さないが、時々、偽物の宝石が本物とすり替えられたりしている――。