106 危うい十代
十代。それだけで何もかもが手に入れられるような、脆く危うい時代。
子供でもなく大人でもなく、そこそこ遊んでてそこそこ純情で、毎日が明るく、馬鹿なフリをして生きていれば、周りに溶け込み、楽しいことを手に入れられると思ってた――。
喫茶店を兼ねた洋菓子店は、友達と一緒に始めた初めてのアルバイト。
「店長っていいよね」
友達の一言から、私は店長という男性を意識し始めた。
(絶対手に入れる――)
ライバル心というものではなかったが、大人の男性と付き合ってみたい、そんな軽い考えで、私は店長に近付く。
「店長。一緒に帰りましょうよ」
店じまいと同時に、私はそう言った。もちろん店長は承諾し、駅へと向かっていく。
男なんて、落とすのは簡単だ――。
どんな紳士も学生も、考えていることはみんな同じ。望めば何でも手に入るし、言えば何でも与えてくれる。
十六の私は、すでにそんな考えさえ持っていた。
「もうすぐクリスマスだね。今年は子供へのプレゼント、どうしようかな」
クリスマスムードの街並で、店長が言った。
三十歳の店長が、既婚者で子供がいるのも知っている。それでも私は、店長の家庭を壊してでも手に入れられると信じていた。
「イブは家族で過ごされるんですか?」
「そうだね。でも仕事だから、遅くなっちゃうだろうけど……君は彼氏と過ごすのかな?」
「いえ、彼は今いないんで」
「そう。じゃあ家族や友達と過ごすのかな? その日、バイト休みだよね」
確かにクリスマスイブはバイトを休ませてもらうことになっている。特に予定はなかったのだが、働いている自分が惨めに思えたし、少なからず家族と小さなパーティーはやるだろう。
「……入ったほうがいいなら入りますよ? べつに予定もないですし」
「ハハハ。いや、いいよ。大丈夫」
「じゃあ、店が閉店する時、顔出させてもらいます。三十分……いえ、五分でもいいんです。会っていただけませんか?」
深刻な顔をして、私は店長を涙目で見つめる。これは作戦だ。
店長は意味がわかっていないのか、怪訝な顔をしているが、やがて笑った。
「うん。べつにいいよ。顔出してくれて」
そんな約束を交わし、私はその日を終えた。決戦は、クリスマスイブである。
数日後、クリスマスイブを迎えた私は、いつもよりお洒落をして店へ向かった。もうすぐ閉店時間である。
「店長!」
店へ入ると、後片付けをしている店長が笑って出迎えてくれた。
「やあ。本当に来たんだね。コーヒーでも飲んでく?」
「あ、いえ……五分だけって約束なので」
私の言葉に、店長は首を傾げる。
「うん? なにかあるの?」
そう言われ、私は店長を下から見つめた。
「私、店長のことが好きなんです!」
いくら私でも、この時だけは緊張した。
そう言った私に、店長は何度か瞬きをし、苦笑する。
「ハハハ。ありがたいけど、僕は結婚して子供もいるんだけど……?」
「わかってます。でも好きなんです! ひ、一晩だけでも……付き合ってください!」
真っ赤になって、私はそう言った。
すると、店長がカウンターから出てきた。
「……自分を安売りするんじゃない。そんなことを言って、付いていく男ばかりじゃないよ」
明らかに子供扱いの店長に、私はカッとなる。
「ひどい! 人の真剣な告白を……」
「ごめん。でも、君の気持は受け入れられるわけがない。一晩だけ? 妻や子供を裏切れないし、君のことはバイトの子として大事に思ってる。それ以上の関係は、今後も絶対にないよ」
きっぱりとそう言った店長は、明らかに私が今まで会ってきた男性とは違った。
その時、店のドアが開いた。入って来たのは、若い女性と小さな女の子だ。
「パパ!」
その言葉に、私はそれが店長の家族と悟った。
「あ……じゃあ、お疲れ様でした」
「あ、待って」
去ろうとする私を、店長が引きとめる。私は足が竦んだように、動けなくなった。
「はい、これ」
店長が差し出したのは、小さな袋である。
私はその意味が分からずに、店長を見上げた。
「メリークリスマス。これからも、バイトよろしくね」
それは、別れの言葉に聞こえた。
「はい……失礼しました!」
そう言うと、私は店を飛び出した。
冷たい風、明るい街並が、私の心を氷に変えてゆく。
ふとそこで、店長がくれた袋が気になり、その場で開けてみると、中にはハート型のクッキーが入っている。きっと、店長手作りのものだ。食べなくても、きっとその味は美味しい。
「……店長の馬鹿!」
私はそう言いながらも、初めて店長を人として好きになった気がする。
そして、店長にはいろいろなことを教えてもらった。望んでも手に入れられないものがあるっていうことも――。