「盗人は追放だ」と晩餐会で椅子まで抜かれた青年に一皿出したら、今度は彼が私の隣へ椅子を運んできました
気に入りません。
「一人、二人、十三人。椅子は十二脚。なるほど。本日のご馳走には、嘘が一つ添えてあります」
収穫祝いの卓には、焼いた鴨、林檎の詰め物、豆の煮込み。料理は十三人分。配膳表にも十三人。なのに椅子だけが十二脚だった。
ついさっきまで末席にあった一脚を、家の若主人が抜かせたのだ。
「今日は家族の祝いだ。使用人は立っていればいい」
三十年勤めた老使用人は、酒杯を磨く手を止めなかった。
私は厨房へ戻り、残っていた一皿へ鴨と豆を盛った。残りではない。最初から彼の分として仕入れ、煮て、焼き、代金をいただいた一人分だ。
「こちらで召し上がってください」
「……いただきます」
台詞は、それだけだった。
私は自分の夕食を調理台の端へ置き、配膳へ戻った。戻ってきたころには私の煮込みは冷え、彼の皿はきれいに空いていた。老使用人は皿の脇へ匙をまっすぐそろえ、頭を下げた。
次の配達で同じ屋敷へ行くと、給金名簿から老使用人の名が消えていた。
「人数が合いません」
「辞めた者まで数える必要はない」
先に椅子を抜き、次に卓から抜き、最後に給金から抜く。よくできた手順である。人を消すのに、魔法使いはいらないらしい。
私は名簿の余白に残った小さな染みを指でこすった。
一皿は空になった。
それでも、彼の席は戻らなかった。
* * *
二度目は追悼の宴だった。
亡き当主の姉の席札が、卓のいちばん端から消えた。料理は九人分。家の主人が数えた家族は八人。
「嫁いだ者は、もうこの家の者ではない」
ではなぜ追悼には呼んだのか。悲しみは九人前、席は八人前。ずいぶん便利な家族勘定である。
私は席札を捨てる使用人の手から皿だけを取り戻し、客間を出た女性へ運んだ。
「冷める前に、どうぞ」
女性は匙を持ち、スープを一口だけ飲んだ。
「味がするうちに帰ります」
台詞は、それだけだった。
夜明け前、借りた部屋は空になっていた。椅子は壁へ戻され、スープの表面には薄い膜が張っていた。
後日、主人へ次の宴の人数を尋ねると、彼は迷わず八人と答えた。
「先日は九名様でしたが」
「この家の者は八人だ」
私は配膳表の九人目を二本線で消した。私が消したくて消したのではない。注文数を合わせるためだ。そういう言い訳は、紙の上ではたいへんきれいに通る。
一皿を出すことはできる。
食べることも、残ることも、隣に座ることも、私が命じてはいけない。
食事を運べば人は救われる、などという考えは、冷えたスープほどにも腹を満たさなかった。
* * *
三度目は、旧い家の継承祝いだった。
祝いの鐘が鳴っている最中に、銀貨入りの小箱が消えた。新しい当主夫妻が呼びつけたのは、家計と晩餐の支出を扱う会計係だった。
ルカさんは卓の端に立ち、帳面を胸へ抱えていた。
「金庫へ出入りできたのは、この男です」
「支出を知っていたのも、この男ですわ」
二人で一つずつ罪を置く。目配せ一つ。含み笑い一つ。証拠は、ゼロ。数えるまでもなく赤点である。
ルカさんが帳面を開こうとすると、当主はその手から席札を奪った。
「盗人は追放だ」
紙が二つに裂けた。
「椅子も下げろ。料理もいらん」
使用人が背もたれへ手をかけた。ルカさんは止めなかった。止められると思っていない人の立ち方だった。肩を内側へ寄せ、自分から一人分の幅を消している。
私は配膳表を見た。
「一人、二人、十四人」
椅子を見た。
「十三脚」
皿を見た。
「十三枚」
「何をしている」
「確認でございます。椅子と皿の数が合いません」
「一人減ったのだ」
「お食事は十四人分、代金も十四人分いただいております」
私は厨房から白身魚の香草焼きと温かい豆のスープを運び、空いた卓の端へ置いた。
ことん。
銀の匙も添える。
「働いた人の一人分を消すご注文は承っておりません」
当主の声が一段大きくなった。
「雇われの配膳係が、家の判断に口を挟むな!」
そのとき、私の後ろから伯母のコルネリアが顔を出した。
「口じゃない。請求書だよ」
当主の語尾が痩せた。格下へは雷、店の女主人へは湿った蝋燭。声量にも身分表があるらしい。
ルカさんは皿を見たまま動かなかった。
「食べるかどうかは、あなたが決めてください」
「……私が食べれば、あなたに迷惑がかかる」
「すでに代金を頂戴した料理です。捨てれば伯母に叱られます。たぶん、あなたより私のほうがひどく」
「そこは否定しないよ」
コルネリアが即答した。身内への援護、ゼロ。
私はルカさんの前へ椅子を戻そうとした。彼の指が背もたれへ触れ、すぐ離れた。
座ることまで私が決めてはいけない。
「うちには会計の仕事があります。帳面がひどいので」
「ひどくしたのはブリギッテだよ」
「伯母さん。勧誘中です」
「なら正直に言いな。払うなら働かせる。働かせるなら食わせる」
ルカさんが、初めて私を見た。
「なぜ、私に」
なぜ。困った。人が空腹だからでは弱いだろうか。皿の数が合わないからでは商売人すぎるだろうか。どちらも本当なので、混ぜれば立派な詭弁になる。
「余った一席です。空けたままでは、もったいないでしょう」
ルカさんの視線が椅子へ落ちた。
彼はしばらく立っていた。
鐘がもう一度鳴った。
やがて自分で椅子を引き、腰を下ろす。匙を握る。まだ食べない。湯気が細くなる。私は急かさず、自分用に取ってあった同じスープへ口をつけた。
ぬるい。いつものことだ。
向かいで銀の匙が器へ触れた。
ルカさんは一口飲み、目を閉じた。二口目は、一口目より少し早かった。
強張っていた肩が、ようやく一人分の幅へ戻った。
* * *
店へ連れ帰ると、コルネリアは空の給金袋を私の顔へ投げた。
「雇うと言ったのはあんただ。名前を書きな」
「ブリギッテ、避けるな。袋が泣く」
「空袋に心配されたくありません」
ルカさんは袋を拾い、しわを指で伸ばした。表に自分の名を書こうとして、筆が止まる。
「給金を受け取る働きができるかは、まだ」
「働いてから入れる袋だよ。先に返す袋じゃない」
コルネリアは客室の鍵を卓へ置いた。
「食って、寝て、明日決めな」
最初の晩、ルカさんは夕食へ手をつけなかった。
匙が二本、皿が二枚、煮込みの肉が六切れ。ため息は——数えるのをやめた。本人が食べないと決めたものまで、こちらの善意で口へ詰め込むわけにはいかない。
翌朝、皿はそのままだった。
私は温め直さず、新しい粥を置いた。
「昨日の分を食べろとは言わないのですね」
「昨日のあなたと今日のあなたは、空腹まで同じとは限りません」
「ずいぶん細かく数える」
「仕事ですから」
「ため息も?」
「最後の品は厨房で洗えません」
「では本人へ返してください」
「はい。今のはあなたの分です」
ルカさんは粥を見下ろし、匙を取った。
三口。
そこで止めた。
次の日は半分食べた。さらに次の日は、パンを一つ持って客室へ戻った。
厨房の三人組が、私の背後で親指を立てた。私は三本とも作業台の下へ押し戻した。料理人の指は飾りではない。玉葱を刻め。
七日目、ルカさんは煮込みを食べ終え、空の皿を私へ差し出した。
「もう一皿、ありますか」
「あります」
返事が裏返った。ああもう、声まで勘定外!
三人組が二皿目を盛った。ルカさんがそれも空にすると、三人は皿を頭上へ掲げたまま無言で拍手した。
「その皿を落としたら弁償です」
私が言うと、拍手だけが小さくなった。
ルカさんの口元が動いた。
笑った、と数えるにはほんの少しだったが、こちらは配膳係である。パン屑一つ見逃さない目をしている。もちろん勘定へ入れた。一回。
仕事のほうは、食事ほど素直に増えなかった。
私たちの納品札は、料理、運搬、洗い物をひとまとめに「厨房」と記していた。誰が何をしたかは、店の中で分かっていればいい。私はそう思っていたし、実際、昨日まではそれで回っていた。
ルカさんは札を三枚書き直した。
「料理人三名。荷運び一名。洗い場二名。配膳責任者、ブリギッテ」
「長いです」
「短くして消えるのが人の名なら、長いままで」
反論しようとして、やめた。
老使用人の名簿に残っていた染みが、指先へ戻ってきたからだ。
次の納品札には、料理人三名の名が入った。荷運びをした者の名も、夜まで鍋を洗った者の名も。追加注文の取り分は、それぞれの給金袋へ分けられた。
厨房の三人組は札を回し読みし、何度もうなずいた。その晩だけ、ルカさんの煮込みには肉が一切れ多かった。
「贈賄ですか」
「試食です」
「私の皿にはありませんが」
「配膳責任者は試食済みです」
くっ。仕事名で封じてくるとは。回復した会計係、たいへん可愛げがない。
ただし、完璧でもなかった。
ある朝、ルカさんは二十一枚の皿を十二枚と記し、配達先で九人を待たせた。店へ戻るなり、不足分を自分の給金から返すと言い出した。
コルネリアが給金袋で彼の額を叩いた。
「給金は罰金袋じゃない」
「私の誤りです」
「なら次は間違えない工夫をしな。腹を減らして数字が直るなら、帳面に飯を食わせるよ」
ルカさんは黙って札を作り直した。翌日から皿の数は数字と正の字の二通りで記され、積み込む者と配る者が別々に確かめるようになった。
赤字は少し減った。配膳事故はもっと減った。ルカさんは失敗を隠さず、成功を一人で抱えなかった。
そしてなぜか、私の夕食だけを見張るようになった。
「ブリギッテ。座ってください」
「今、鍋が三つ、皿が二十八枚、匙が二十七本——」
「椅子は一脚です」
いつの間にか、私の背後へ椅子が置かれている。
「匙が一本足りません」
「あなたが持っています」
「あら」
「数える者を数に入れ忘れています」
実に生意気である。拾ってきた会計係に会計で刺された。しかも正論。痛い。
ルカさんは私の手から冷えた皿を取り上げ、鍋へ戻した。
「お客様の料理ではありません」
「知っています」
「なら、なぜ温めるのです」
「冷えているからです」
「恩返しなら、もう十分ですよ」
ルカさんは煮込みを混ぜる手を止めなかった。
「足りるかどうかを決めるのは、ブリギッテですか」
それを言われると弱い。
「では、温めるかどうかはルカさんが決めてください」
「そうします」
皿が戻ってきた。湯気が立っている。椅子もある。匙もある。
逃げ道がないので座った。温かい。温かい夕食とは、こんなにも仕事を終わらせる味がするものだったのか。知らなかった。知ったので、翌日からも忘れたふりをした。
ルカさんは毎朝、私の椅子の脚を確かめた。ぐらつけば直し、卓との間を私が座れる幅へ整える。
一日目、厨房の三人組は私たちを見て、そろって一つ隣の椅子へ移った。
二日目、また移った。
三日目には、ルカさんが先に三人分の椅子を遠くへ置いた。
「作業台が遠い!」
「座る暇があるなら近いでしょう」
三人組は私を見た。私を見るな。私は数える係であって、増え続ける椅子取り合戦の審判ではない。
ルカさんの客室は、最初の一月を過ぎても埋まったままだった。
「今月も使いますか」
「使ってよければ」
「余った一席ですから。部屋も椅子も、空けておくよりは」
ルカさんの手が、鍵の上で止まった。
「そうですか」
短い返事だった。
翌朝も私の椅子は整っていた。夕食も温かかった。納品札にも全員の名があった。
だから私は、きっと恩返しなのだと思った。
古い一皿の代金を、律儀な人が毎日少しずつ返している。そう考えれば帳尻が合う。胸のあたりで勝手に増えるものだけは数えない。あれは店の勘定ではない。たぶん胃もたれ。煮込みの味見が多かったせい。以上、閉帳!
店が大きな宴を任されたとき、依頼主は私一人の手柄だと言った。
「配膳の組み方が見事でした」
「ありがとうございます。組み直したのはルカさんです。料理は三人、運搬は二人、洗い場は二人。わたくしはご注文を受けただけです」
横でルカさんが納品札へ一行足した。
「客ごとの食事制限と席順を覚え、現場で差配した者。ブリギッテ」
「そこは要りません」
「他人の名は戻すのに、自分の名だけ消すのですか」
「私は店の者ですから」
「全員、店の者です」
ぐう。正しい。正しすぎる。正論を給金から天引きできないものか。
新しい契約の札には、全員の名が並んだ。いちばん下にルカさん。さらにその下に私。
私は筆を取り、ルカさんの名を上へ移した。
彼は私の名をその隣へ書き直した。
「順番が違います」
「隣なら同じです」
「会計係がそんな雑な」
「席順の話です」
ルカさんは札を乾かすため持ち上げた。
私の名と彼の名が、同じ行にあった。
胸の胃もたれが悪化した。煮込み、恐るべし。
* * *
紋章入りの封書を持った使者が来たのは、冬の夕方だった。
「名誉回復のご用意が整いました」
整ったのは旧家の都合だろう。言い換え一つ。慇懃な声一つ。持参した椅子は、ゼロ。
ルカさんは封を開き、文面を一度読んだ。
使者が手を差し出す。
けれどルカさんは招待状を伏せ、私の前から冷えた夕食を取り上げた。
「まず、こちらを温めます」
使者の手が下がった。
私は鍋へ向かう彼の背中を見た。
旧家へ戻れば、会計係の職も、身分に見合う部屋も、立派な席も戻る。うちにあるのは忙しい厨房、狭い客室、毎朝ぐらつきを確かめる必要のある椅子。比べるまでもない。
その夜、私は旅支度の食料を数えた。
パン六つ。干し肉四枚。林檎三つ。焼き菓子二袋。道中の水筒、一つ。
夕食は一人分だけ卓へ置いた。
二人分を出して、残された一皿を見る勇気がなかったのだ。数えなければ存在しない、などという旧い家々と同じ手を、私は自分の食卓で使った。
コルネリアが鍋の蓋を開けた。中には煮込みが二人分残っていた。
「余り物はないよ」
それだけ言い、厨房の三人組を追い立てて出ていった。
ルカさんが戻ってきた。
「使者は」
「帰りました」
「いつ、発つのですか」
「発ちません」
「ですが、席が戻ると」
「断りました」
返事は短かった。
私は一人分の皿を見た。ルカさんも見た。
「恩返しなら、もう——」
言葉が続かなかった。
ルカさんは別室へ入り、自分の手で椅子を運んできた。床へ置く。私の椅子の隣へ。脚の位置を確かめ、同じ向きへそろえる。
「ここに私の席はありますか」
私は「余った一席です」と言いかけた。
余ってなどいない。
最初から、この人のために空けておきたかった。けれどそれを言えば、去るか残るかを私が縛るようで。だから余り物のふりをして、選ぶ責任から逃げていた。
鍋から煮込みをよそった。パンを切った。匙を添えた。
もう一皿を、私の手でルカさんの前へ置く。
「ルカ」
彼の顔が上がった。
「余った席ではありません。あなたのために空けました」
ルカさんの指が、椅子の背を強く握った。
「座っても?」
「はい。明日も、その次も。あなたが選ぶかぎり」
「では、毎日選びます」
彼が椅子を引いた。
私は自分の椅子を引いた。
同時に座って、顔を見合わせる。ルカさんの口元がほどけ、私もたぶん同じ顔をした。
「椅子が二つ。夕食も二つ。言い訳は——もう、ゼロにします」
「一つ足りません」
「何がです」
「私の分の言葉です」
ルカさんは温かい皿へ触れた。
「あなたの隣を選びました、ブリギッテ」
ああ、もう。
これはだめだ。数えられない。数えたら一生、閉帳できない。
それでも翌朝、私はいつものように確認した。
「椅子が一つ、二つ。皿が一つ、二つ。匙も二本」
ルカが私の椅子を整え、自分の椅子をその隣へ置く。
「これで数が合います」
「いいえ。まだ一つ、勘定外です」
「では、毎日増やしましょう」
恋は勘定外だ。
毎晩増えるものまで帳尻に入れたら、うちの店は永久に閉められない。




