新たな覚悟
「……まぁ、浮いてるかもしれないけどさ。このTシャツはシンプルだし、こういうのって君達の世界にもあるんじゃないの?」
ケイスケは自分の胸元を軽くつまんでみせた。
視界は相変わらず白く滲んだままで、アリエルの姿はぼんやりとした影にしか見えないのに、なぜか気まずさが先に立った。
「Tシャツ……Tシャツ……Tシャツって何ですか……?」
アリエルの声が、少し首を傾げたように聞こえた。
「いや、だから、これがTシャツ……!」
ケイスケは慌てて自分の服を引っ張ってみせる。
でも、彼女にはそれが何なのかさっぱり分からないらしい。
「あっ、それがTシャツって言うんですね?なんで、そんな布、纏ってるんですか?動きにくくないですか?」
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
動きにくい?
いやいや、普通に服着てるだけだろ……?
アリエルの言葉に、じわじわと違和感が広がっていく。
もしかして。
いや、まさか。
でも、もしや。
ケイスケは喉を鳴らして、恐る恐る口を開いた。
「あのさ……?一つだけ、聞きたいんだけど。今、君ってどういう格好してる……?俺、視力0.001くらいだから、ほんとに何も見えないんだ……」
短い沈黙。
「……私は何も身に纏っていません。生まれたままの姿です」
「……え?」
「……はい?」
「……生まれたままの姿ってことは、裸!?」
「はい、そうです」
目の前に、女性の――神秘の肉体があるはずだ。
柔らかな曲線。白い肌。風に揺れる髪。
全部、そこにあるはずなのに。
自分には、何も見えない。
あぁ、言葉にしたい!
あぁ、誰かに伝えたい!
「今、俺の目の前で、すげえ美人が全裸で立ってるんだぜ!」
「この部分がこうこうこういう感じになってて、あの部分はこうこうこういう感じになってるの!」
みたいな感じの、それはそれは美しく文学的で、何処か邪な香りが漂う表現を使って!
もし誰かが僕の事を見ているなら、それはそれは事細かに共有したい!
でも、できない。
だって、見えないんだ。
視力が0.001だもん。
「……本当、異世界の人って不思議ですよね?動きにくくないんですか?この世界では誰もそんな事してませんよ」
「この世界では、全員裸なのか!?」
「はい、そうですよ。とりあえず、お困りのようなので、私の村に案内しますね。私の村は女性だけの村です」
アリエルが、俺の手をそっと取った。
温かい。
柔らかい。
指先が絡む感触だけは、はっきりと伝わってくる。
ケイスケは、されるがままに一歩踏み出した。
あぁ、なんてことだ……。
チート能力を二つも授かった。
無限魔力。概念剥奪。
これからハーレム生活が待ってるはずだった。
美少女たちに囲まれて、チヤホヤされて、俺最強無双の日々が……。
なのに。
俺はこの世界で、一番大事な能力を持ってない。
……そもそも概念剥奪だって、対象を視認できないんじゃ使えねえじゃん!
無限魔力あっても、裸の女の子が目の前にいても、見えなきゃ意味ねえよ……!
「……0.1でいいから視力をくれよ」
ケイスケは思わず呟いた。
「女神様ァ……!リセマラさせて下さい……!」
そして草原に響く悲痛な叫び声。
でも、もちろん返事はない。
人生にリセマラなんて、あるわけがない。
でもこれ、そんなテンションになるもんですかね?
僕は別に見えなくても、これ悪い世界じゃないと思うんですよ。
結構羨ましい世界だと思いますよ?
な〜んでケイスケ君、あんなテンションになってるんでしょうね?
ケイスケは、ぼやけた視界の中で、ゆっくり息を吐いてこの世界で生きていく為の覚悟を決める。
門田ケイスケの、新たな人生が始まった。




