白き空間の目覚め
意識が戻ったとき、そこはどこまでも白い空間だった。
光も影もなく、ただ均質な白。足を踏み出そうとしても地面の感触がない。浮いているのか、それとも立っているのかさえ定かではない。服は着ているが、左足の靴下が片方だけなくなっていた。妙に現実的な違和感が、かえって現実感を遠ざける。
「……ここは」
声を出した瞬間、柔らかく、しかしはっきりと響く女性の声が空間全体を満たした。
「目覚めたようね、門田ケイスケ」
視線を上げると、そこに一人の女性が立っていた。
金色の長い髪がゆるやかに揺れ、白銀のドレスが光を反射している。背中には薄く透けた翼のようなものが浮かび、存在そのものがこの空間の白と調和しながらも、明確に異質だった。
「あなたは……?」
「私はこの世界を司る者、リリエルと名乗っている。あなたが今ここにいる理由を説明するために呼ばれたの」
彼女の声には感情の起伏がほとんど感じられなかった。穏やかで、どこか遠い。
ケイスケは喉の奥で息を詰まらせた。
記憶の断片が、突然、鮮明に蘇る。
いつもの時間。いつもの横断歩道。
コンビニの袋を片手に、信号が変わるのを待っていた。
視界の端に、異常に速い影が迫ってくる。
大型トラック。
運転席の男が顔を伏せ、スマホの画面を見ているのが一瞬だけ見えた。
次の瞬間、衝撃。
体が宙を舞い、視界が赤く染まり――
「……俺、死んだのか」
言葉が震えた。自分で言って、初めて実感が追い付いてきた。
リリエルは静かに頷いた。
「ええ。あなたの肉体はこの世界の時間軸において、既に機能を停止している。事故による即死だった」
ケイスケは両手で顔を覆った。
息が荒くなる。胸の奥で何かが締め付けられる感覚。
死んだ。
本当に、死んでしまった。
「でも、あなたにはまだ選択肢が残されている」
リリエルの声が、再び静かに響いた。
「私はあなたを別の世界へ送るつもりでいる。いわゆる『異世界』と呼ばれる場所へ。そこでは新たな肉体を与え、新たな人生を歩むことができる」
ケイスケはゆっくりと顔を上げた。
「……なぜ、俺なんかに」
「それは私にも定かではないの。ただ、あなたの魂がまだ完全にこの世を離れていない段階で、私の領域に流れ着いた。それだけは確かね」
彼女は一歩近づき、透明感のある瞳でケイスケを見据えた。
「転生を望むなら、受け入れる。その前に、あなたの魂に適した『加護』を選ぶための儀式を行う。それを、私たちは『能力の付与』と呼んでいるわ」
空間の中央に、淡く光る円形の台座が浮かび上がった。
その上には、複数の光の球体がゆっくりと回転している。どれも同じ大きさ、同じ輝き。だが、それぞれが放つ気配は微妙に異なっていた。
「これが、あなたに与えられる可能性のある力の結晶だ。触れた瞬間、あなたの魂と共鳴し、最も適合したものが定まる。運でもなければ、努力でもない。ただ、あなたという存在そのものが選ぶ」
ケイスケは台座を見つめた。
喉がカラカラに乾いている。
死んだはずなのに、心臓が激しく鳴っている気がした。
「もし拒否するなら……?」
「このまま消えるだけよ。魂は還り、二度と形を取ることはない」
沈黙が落ちた。
ケイスケは、震える指先で、ゆっくりと手を伸ばした。




