表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神話の始まり  作者: 一宮 沙耶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/17

4話 アザ

これまで、女性のことが好きとか、付き合うとか考えたことはない。

というより、よく分からないし、これからも同じだと思う。

そんなことより、一緒にいてこんなに心地よい人は、これまでの人生にいなかった。


光莉が考えていることに裏表もないし、最後まで相手のことを尊重してくれる。

人の気持ちを考えずに、ぐいぐい入り込んでくる男性よりも遥かにいい。


私のことを何でも分かってくれている大切な人。何でも、私の話しを聞いてくれる人。

光莉の気持ちに応えられるか分からないけど、これからもずっと一緒にいたい。

エッチはする気にはなれないけど、男性ともエッチはしたことがないから同じこと。


そんな光莉の暖かさに甘え、光莉と毎週のように一緒に飲みに行っていた。

会社でどんな嫌なことがあっても、光莉に話すことで忘れられる。

もう、私にとって光莉は、いなくてはならない存在になっていた。


今夜は、光莉と私の部屋で女子会をしている。

最近は、お金もかからないし、私の部屋で飲むことが多い。

レトルトとか買ってくれば、レンチンするだけですぐに料理が揃う。


私の家は、両親が早く亡くなり、一軒家なので、光莉と一緒でも狭くはない。

というより、一人だと広すぎるので寂しい。

光莉の家に行きたいと言ったこともあったけど、狭くて二人は入れないと断られた。


光莉は自分のプライベート空間を大事にしたい人なのだと思う。

それ以上、光莉が話さないプライベートに、あえて触れるのはやめた。


だめだと分かりながら手に触れても、光莉のプライベートは分からない。

それだけ、秘密にしたいという強い信念があるのだから、聞き出さない方がいい。

何か理由があるのだと思う。


ところで、自分の家で飲むと、そのまま寝れるのはいい。

夜、外で飲んで帰るとなると、護身に気をつけないといけないし、その分、酔えない。


土曜日に光莉が来て、飲みながら、お互いに別の部屋で寝て、朝を迎えることも多くなる。

光莉のカップやお皿、歯磨きブラシ、バスタオルとか、日常品が増えていく。

新婚生活って、こんな感じなのかもしれない。


鍵を渡しているから、私が帰る前に、家で待っていてくれることもある。

真っ暗な部屋に帰るんじゃなくて、家に帰ると明かりが灯っていると心も暖かくなる。


泊まるときに、ベッドの上で、無理やり抱きしめられることはない。

むしろ、光莉は、自分の性癖を恥じ、私には悟られないように普通の女性を演じている。


だから、いつの間にか、光莉の好きを忘れ、女友達として仲良く過ごしていた。

いえ、光莉が私に好意を持っているのを知りながら、それを利用していたのかもしれない。


私から、光莉はこの部屋にやってきてルームシェアの提案をしてみた。

ただ、これだけは仕事の関係でできないと断られる。

その代わり、毎週、土曜日の昼に来て、月曜日の朝に帰ることにすると言われた。


それで十分。

このままの関係をずっと続けたい。光莉と一緒だと心が落ち着く。

今夜も、光莉が私の家を訪れる。


「はい、いらっしゃい。今晩は、麻婆豆腐を作って待っていたよ。山椒を入れた本格派だよ。」

「美味しそう。少し、汗かいちゃったから、お風呂、先に入ってもいい。」

「どうぞ。」


光莉は何回も家に来ているから、お風呂に直行する。

15分ぐらいした頃、バスタオルを置いていないことに気づき、脱衣所のドアを開けた。


「あ、ごめん。もう上がっていたんだ。ここにタオルを置いておく・・・」


私は、絶句してしまう。

見上げた光莉の体にいくつもアザがあったから。


「ありがとう。髪を早めに乾かして、そっちに行くね。」


光莉は、その場を取り繕うように、明るい声でドアを閉める。

どうしたらいいだろう。見なかったふりをした方が良かったかしら。

いえ、彼からの暴力を受けているのなら、別れるよう言った方がいい。


10分ぐらいして、Tシャツに着替えた光莉がテーブルに座る。

沈黙が続き、私は、料理をテーブルに並べた。


「さあ、今日も、お疲れさま。乾杯して、温かいうちに食べよう。じゃあ、乾杯。」

「ええ。」


光莉は歯切れが悪い。

よく考えてみると、いつも私のことばかり話していて光莉のことは何も知らない。

どんな仕事をしているのか、家族がいるのか、どんな生活をしているのか。

思い浮かぶのは、いつも、私だけが話している場面ばかりだった。


お料理も食べ終わり、少し酔いも回った頃、私から話してみることにした。


「光莉さ、さっきのアザ、どうしたの?」

「階段から落ちちゃって。おっちょこちょいだよね。」


光莉は、無理して笑う。


「そんなんじゃないでしょう。彼に殴られたとか? そういう人って、暴力は治らないというじゃない。もし、そうだったら、別れた方がいいよ。」

「そういうんじゃないから、大丈夫。」

「そうじゃなければ、何なの。私、光莉のことが心配なんだよ。」


光莉は、思ったより強い口調で、アザの話しをすることを否定する。


「放っておいて。朱莉にとって、私が、どんな仕事をしていて、どんな暮らしをしているのか知らない方が、気楽に付き合えていいんだよ。お互いに、何でも言い出したら、辛いことも出たり、気まずくなったりするの。朱莉だって、秘密にしていること、一つや二つぐらいあるでしょう。私にだって、言いたくないことはあるの。」


そう言うと、光莉は、荷物を手に取り、部屋を出て行っていってしまった。

光莉を怒らせてしまったのかしら。

光莉のためにと思って、勇気を出して言ったのに。


光莉がいないこの部屋は静寂に包まれ、何一つ音がしない。

これまで、ずっと笑い声が響いていたからこそ、寂しさの闇に押しつぶされそうになる。

光莉の存在感が大きかったからこそ、テレビをつけても何も変わらなかった。


その晩、LINEにお詫びのメッセージを送っておいた。

光莉の気持ちも考えずに、勝手なことを言ってしまってごめんと。

それから3日間、既読にもならずに返事はない。


4日目の夜、ドアホンがなり、玄関を開けると光莉がいた。


「北海道旅行に行っていてさ、タラバガニ買ってきたから、一緒に食べよう。まずは、大きな鍋あったよね。お湯を沸かそう。」


この前のことは全くなかったかのような振る舞いで、笑いながらタラバの包装紙を解く。

良かった。もう光莉とは会えないと思っていたから。

光莉は努めて、前と同じように振る舞っている。


確かに、他人に言われたくないこともある。

私だって、人の心を読む力のことを秘密にして、密かに光莉の気持ちを探ったりしている。

私の方がひどい人だと思う。そんな人が光莉の人生に口を出す資格はない。


タラバの入っていたビニール袋から、アメ横のレシートが出てくる。

北海道旅行なんて行っていないのだと思う。でも、そんなことはどうでもいい。

光莉が北海道に行ったと言うのであれば、光莉は北海道に行ったの。


私たちは、夜明けまで大笑いをしてお酒を交わした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ