4話 アザ
これまで、女性のことが好きとか、付き合うとか考えたことはない。
というより、よく分からないし、これからも同じだと思う。
そんなことより、一緒にいてこんなに心地よい人は、これまでの人生にいなかった。
光莉が考えていることに裏表もないし、最後まで相手のことを尊重してくれる。
人の気持ちを考えずに、ぐいぐい入り込んでくる男性よりも遥かにいい。
私のことを何でも分かってくれている大切な人。何でも、私の話しを聞いてくれる人。
光莉の気持ちに応えられるか分からないけど、これからもずっと一緒にいたい。
エッチはする気にはなれないけど、男性ともエッチはしたことがないから同じこと。
そんな光莉の暖かさに甘え、光莉と毎週のように一緒に飲みに行っていた。
会社でどんな嫌なことがあっても、光莉に話すことで忘れられる。
もう、私にとって光莉は、いなくてはならない存在になっていた。
今夜は、光莉と私の部屋で女子会をしている。
最近は、お金もかからないし、私の部屋で飲むことが多い。
レトルトとか買ってくれば、レンチンするだけですぐに料理が揃う。
私の家は、両親が早く亡くなり、一軒家なので、光莉と一緒でも狭くはない。
というより、一人だと広すぎるので寂しい。
光莉の家に行きたいと言ったこともあったけど、狭くて二人は入れないと断られた。
光莉は自分のプライベート空間を大事にしたい人なのだと思う。
それ以上、光莉が話さないプライベートに、あえて触れるのはやめた。
だめだと分かりながら手に触れても、光莉のプライベートは分からない。
それだけ、秘密にしたいという強い信念があるのだから、聞き出さない方がいい。
何か理由があるのだと思う。
ところで、自分の家で飲むと、そのまま寝れるのはいい。
夜、外で飲んで帰るとなると、護身に気をつけないといけないし、その分、酔えない。
土曜日に光莉が来て、飲みながら、お互いに別の部屋で寝て、朝を迎えることも多くなる。
光莉のカップやお皿、歯磨きブラシ、バスタオルとか、日常品が増えていく。
新婚生活って、こんな感じなのかもしれない。
鍵を渡しているから、私が帰る前に、家で待っていてくれることもある。
真っ暗な部屋に帰るんじゃなくて、家に帰ると明かりが灯っていると心も暖かくなる。
泊まるときに、ベッドの上で、無理やり抱きしめられることはない。
むしろ、光莉は、自分の性癖を恥じ、私には悟られないように普通の女性を演じている。
だから、いつの間にか、光莉の好きを忘れ、女友達として仲良く過ごしていた。
いえ、光莉が私に好意を持っているのを知りながら、それを利用していたのかもしれない。
私から、光莉はこの部屋にやってきてルームシェアの提案をしてみた。
ただ、これだけは仕事の関係でできないと断られる。
その代わり、毎週、土曜日の昼に来て、月曜日の朝に帰ることにすると言われた。
それで十分。
このままの関係をずっと続けたい。光莉と一緒だと心が落ち着く。
今夜も、光莉が私の家を訪れる。
「はい、いらっしゃい。今晩は、麻婆豆腐を作って待っていたよ。山椒を入れた本格派だよ。」
「美味しそう。少し、汗かいちゃったから、お風呂、先に入ってもいい。」
「どうぞ。」
光莉は何回も家に来ているから、お風呂に直行する。
15分ぐらいした頃、バスタオルを置いていないことに気づき、脱衣所のドアを開けた。
「あ、ごめん。もう上がっていたんだ。ここにタオルを置いておく・・・」
私は、絶句してしまう。
見上げた光莉の体にいくつもアザがあったから。
「ありがとう。髪を早めに乾かして、そっちに行くね。」
光莉は、その場を取り繕うように、明るい声でドアを閉める。
どうしたらいいだろう。見なかったふりをした方が良かったかしら。
いえ、彼からの暴力を受けているのなら、別れるよう言った方がいい。
10分ぐらいして、Tシャツに着替えた光莉がテーブルに座る。
沈黙が続き、私は、料理をテーブルに並べた。
「さあ、今日も、お疲れさま。乾杯して、温かいうちに食べよう。じゃあ、乾杯。」
「ええ。」
光莉は歯切れが悪い。
よく考えてみると、いつも私のことばかり話していて光莉のことは何も知らない。
どんな仕事をしているのか、家族がいるのか、どんな生活をしているのか。
思い浮かぶのは、いつも、私だけが話している場面ばかりだった。
お料理も食べ終わり、少し酔いも回った頃、私から話してみることにした。
「光莉さ、さっきのアザ、どうしたの?」
「階段から落ちちゃって。おっちょこちょいだよね。」
光莉は、無理して笑う。
「そんなんじゃないでしょう。彼に殴られたとか? そういう人って、暴力は治らないというじゃない。もし、そうだったら、別れた方がいいよ。」
「そういうんじゃないから、大丈夫。」
「そうじゃなければ、何なの。私、光莉のことが心配なんだよ。」
光莉は、思ったより強い口調で、アザの話しをすることを否定する。
「放っておいて。朱莉にとって、私が、どんな仕事をしていて、どんな暮らしをしているのか知らない方が、気楽に付き合えていいんだよ。お互いに、何でも言い出したら、辛いことも出たり、気まずくなったりするの。朱莉だって、秘密にしていること、一つや二つぐらいあるでしょう。私にだって、言いたくないことはあるの。」
そう言うと、光莉は、荷物を手に取り、部屋を出て行っていってしまった。
光莉を怒らせてしまったのかしら。
光莉のためにと思って、勇気を出して言ったのに。
光莉がいないこの部屋は静寂に包まれ、何一つ音がしない。
これまで、ずっと笑い声が響いていたからこそ、寂しさの闇に押しつぶされそうになる。
光莉の存在感が大きかったからこそ、テレビをつけても何も変わらなかった。
その晩、LINEにお詫びのメッセージを送っておいた。
光莉の気持ちも考えずに、勝手なことを言ってしまってごめんと。
それから3日間、既読にもならずに返事はない。
4日目の夜、ドアホンがなり、玄関を開けると光莉がいた。
「北海道旅行に行っていてさ、タラバガニ買ってきたから、一緒に食べよう。まずは、大きな鍋あったよね。お湯を沸かそう。」
この前のことは全くなかったかのような振る舞いで、笑いながらタラバの包装紙を解く。
良かった。もう光莉とは会えないと思っていたから。
光莉は努めて、前と同じように振る舞っている。
確かに、他人に言われたくないこともある。
私だって、人の心を読む力のことを秘密にして、密かに光莉の気持ちを探ったりしている。
私の方がひどい人だと思う。そんな人が光莉の人生に口を出す資格はない。
タラバの入っていたビニール袋から、アメ横のレシートが出てくる。
北海道旅行なんて行っていないのだと思う。でも、そんなことはどうでもいい。
光莉が北海道に行ったと言うのであれば、光莉は北海道に行ったの。
私たちは、夜明けまで大笑いをしてお酒を交わした。




