2話 クリスマスイブ
「メリークリスマス。僕からのプレゼントを受け取って欲しい。ネックレスだけど、絶対、似合うから、つけてみて。」
「裕一、ありがとう。私からも、これプレゼント。喜んでもらえるといいな。」
私は、長らく人との接点を絶っていた。
でも、親戚の家で一緒に過ごした紬とは、今でも時々、会って、話すことがある。
紬は、人を憎むこともなく、好意を抱くこともなく平穏に生きている不思議な子。
紬は、私にも特別な感情は持っていないけど、悪意もない。
感情が空っぽだから、害もなければ益もないと言えば、言い過ぎかもしない。
でも、そんな人と知り合えたことは、当時の唯一の宝だった。
紬が、ある時、そんな奥手だと、彼氏がいないまま、おばさんになっちゃうぞと話す。
たしかに、人との接点を絶っていたから、偏った人しか知らないのかもしれない。
周りをみると、楽しそうに男性を見上げ、充実した時間を過ごす女性がたくさんいる。
その時、初めて、知らないだけで、誠実な男性も多いのかもしれないと思えた。
これまで、損をした時間を過ごしていたのかもしれない。
そんな中で、マッチングアプリを知り、裕一と出会う。
マッチングアプリを使ったのは初めてだったから、本音を言えば、少し怖かった。
結婚しようと言いながら、エッチをすることだけが目的な男性もいるという噂も聞く。
でも、人と接点を絶っていた私には、男性との出会いは、そこにしかなかった。
ただ、私だけを見て、私を幸せにしてくれる人と出会いたい。
今は11月中旬だから、クリスマスイブを一人で過ごしたくないだけの人もいると思う。
別に私じゃなくても良くて、ただ彼女を作りたいだけかもしれない。
だから、最初は、紬とその彼氏、裕一と私の4人で飲みに行った。
思ったより、裕一が、友達の前でも、しっかりしていることに安心する。
この1ヶ月、私と誠実に接してくれた。
今日は、出会って初めてのクリスマスイブ。裕一と、高層階のレストランに来ている。
ANAホテルにあるミシェランの三つ星レストランだから、かなり値段は高いと思う。
こんなに高級でなくても良かったけど、本音を言うと高級なのが嬉しくないわけでもない。
予約は裕一が取ってくれたけど、予約するのは大変だったんだと思う。
さすがにクリスマスイブでこの席だから。
裕一は、たまたまキャンセルが出たのでラッキーだったと言う。
周りを見渡すと、若い恋人ばかりで席が埋まっている。
みんな楽しそうに、テーブルのキャンドルを囲み、笑っている。
私も、やっと、彼氏の愛情に包まれる女性達の輪に入ることができた。
裕一なら、私をずっと守ってくれるはず。
裕一は私に優しくしてくれる。
まだ、手には触れていないけど、表情には誠実さが溢れていて大丈夫だと思う。
こんな人がいるなんて最初は信じていなかった。
付き合って間もないけど、結婚に向けて大切にしていくつもり。
裕一との子供ができて、家庭にはいつも笑顔が溢れる。
お庭で子供達が走り回り、私が作ったご飯を裕一が嬉しそうに食べる。
やっと、そんな生活が私にも訪れるのだと温かい気持ちが体中に満ちる。
窓に目を向けると、2人だけの円錐形のボックスシートに座る私達が映る。
そこに映る私達は楽しそう。今注がれたシャンパンで乾杯する。
社会人の若くて幸せそうなカップルという感じ。
窓から外を見渡すと、六本木の素敵な夜景が星のように輝いている。
カップル、家族、その人達の暖かい気持ちが灯っているみたい。
はるか下にある高速道路に流れる車のライトも都会の夜景の一つになっている。
寒い都会の星のような光景を温かい部屋で味わえる。
このシートを選んだのはセンスがいい。私のために、そこまでしてくれて嬉しい。
夜景も見えるけど、どのお料理も美しい盛りつけで、味も、一つひとつに驚きがある。
最後の方のデザートは、こんなに多くの種類が出るんだとびっくりした。
しかも、どれも、これまで食べたことがないレベル。
でも、それよりも、この日に、裕一と一緒の時間を過ごせるのが嬉しかった。
クリスマスイブの夜を私と一緒に過ごすのは、私以外の女性はいないってことだから。
裕一は、外資系コンサル会社で働いていると話していた。
給料も同年代よりは遥かに高いみたい。しかも、結構、イケメンだと思う。
これまでも、会う日を決める時でも、私の都合とか、真面目に聞いてくれてた。
いつも、私に合わせてくれている。この人とは、やっていけそう。
「朱莉、今日は来てくれて、ありがとう。嬉しいよ。」
「私も嬉しい。今日は、こんな素敵な所に誘ってくれて、ありがとう。最近は、仕事、忙しいの?」
「結構、忙しいかな。でも、朱莉と一緒にいられるんだったら、頑張って時間を空けるよ。31日は、夜、渋谷の居酒屋とかで年越しのカウントダウンをして、明治神宮とかで元旦の朝日を見て参拝というのはどう?」
「楽しそう。来年は、一緒に、もっと素敵な1年にしようね。」
彼が会計を済まし、席を立つときに、私の手を握ってエスコートをしてくれた。
その時だった。
「この店は、別れた女と一緒に過ごそうと、半年前に予約したんだけど、なんとかキャンセルせずに間に合ったな。これで、今日はやれる。まだ付き合って1ヶ月だけど、こいつ、なんか清純派というか、奥手で、見た目はいいんだけど、お堅いんだよな。」
私は、何が起きたのかとうろたえ、裕一から目をそらす。
裕一の声は続く。
「俺だって、何人もの女を断って、こいつと一緒にクリスマスイブ過ごしているんだから、今日こそはやらないと割に合わない。その分、レストラン代とプレゼントは奮発したんだから。でも、こいつ、男性経験なさそうだから、しばらくは面倒だけど、その分、俺を忘れられなくしてやろう。」
裕一って、こんな人だったかしら。
私だって、25歳にもなるんだから、男女の関係とかは知っている。
でも、その前に、私のことを大切にしてくれる、愛してくれる男性じゃないと嫌。
もっと、早く手を繋いで、裕一のことを知っておくべきだった。
表情だけで信頼してしまったことを後悔する。
「朱莉、今日はクリスマスイブで、特別の夜だから、このホテルの一室を予約しているんだ。一緒に行こう。」
「ごめんなさい。裕一には今日のことは感謝だけど、体調も悪くなったし、私、帰るわね。これ、ここのレストラン代。3万円じゃ足りないかもしれないけど、渡しておくわ。裕一は、本当に良くしてくれてるし、私が悪いの。こんな大切な日に帰るなんて言って、本当に、ごめんなさい。」
「なんで。体調が悪いなら、なおさら、部屋で休もうよ。」
「ごめんなさい。」
お店の出口で、唖然として佇む裕一を置き去りにしてエレベータに乗りこむ。
エレベーターの扉が閉まる時、裕一の顔には私への憎しみが滲み出ていた。
自分のせいなのに。私は、寒々しい外へと、ホテルのロビーから飛び出した。
多くのカップルが楽しそうに歩く坂を1人で六本木駅に向かって登っていく。
トナカイのイルミネーションとか、いかにもクリスマスって雰囲気。
ネオンは相変わらずキレイで、私のささくれた気持ちとは真逆な存在。
私の周りだけ空気は凍りついて、コートに入ってくる風は体を冷やしていく。
また、失望を積み重ねてしまった。どうして、私にばかり、不誠実な男性が集まるの?
周りを見渡し、男性と腕を組み、幸せそうにしている女性ばかりが目に入る。
どうしてなの。私の前に現れるのは、私の体が目当ての男性ばかり。
私そのものを見て大切にしてくれる、誠実な男性と出会いたい。




