15話 光莉がくれたもの
私は、ホテルから病院に運び込まれ、奇跡的に一命を取り留めた。
そして、残ったお金も使い、元の顔に整形し直す。
半年が経ち、光莉の弟さんから連絡があり、日曜日のお昼に喫茶店で会うことにした。
「今日は、お時間をいただき、ありがとうございます。姉のせいで、大きな事件に巻き込まれ、大怪我をされたと聞きました。申し訳ありませんでした。」
「いえ、今は健康そのものですから、気になさらないでください。そういえば、ご両親がお亡くなりになったと聞きました。お悔やみ申し上げます。」
ご両親は私のせいで中国から暗殺されたことを思い出す。
「姉も、両親もなくなって、家族は私一人だけになってしまいました。でも、今日、お話しをしていて、姉が三崎さんのことを信頼して親友だったことが、なんとなく分かります。」
「そうなんですか。私も、光莉のことをもっと聞きたいです。ところで、悟さんは、今は何をしているのですか?」
「今年、大学を卒業して、IT会社に就職しました。」
「そうなんですね。光莉とは仲よかったんですか?」
「いわゆるお姉さん子で、いつも、後ろをついて歩いている弟でした。朱莉さんのこともよく聞いていて、やっとできた親友だと、いつも、楽しそうに話していましたよ。」
喫茶店の店員が私に水をこぼしてしまい、弟さんがタオルで私の手を拭いてくれた。
その時に、この人はとても純朴で、人のことばかり考えているということが分かる。
男性にも、そんな人がいたことに驚いた。光莉の弟さんだから当然なのかもしれない。
私は、光莉がいない毎日に、抜け殻のようになって、会社にも行けなくなっていた。
でも、その後も、弟さんとは何回も会って、光莉のことを話してくれる。
弟さんも本当は辛いと思う。
でも、弟さんは、いつも私のことが明るくなるよう、いろいろな話をしてくれた。
光莉が、方向音痴で、よく道を間違うとか。
弟さんにお弁当を忘れないようにと繰り返し言っていたのに、自分が忘れちゃうとか。
そんな話を聞いているうちに、光莉のことが少しは思い出と思えるようになる。
会社にも行けるようになったし、春の公園を散歩できるようにもなった。
そういえば、光莉と出会ったのも、春のこの井の頭公園だった。
頬に1滴の涙が流れた時、横にいた弟さんは、何も言わずにハンカチで拭いてくれる。
そう、この人は、いつも、本当に私のことを正面から考えてくれている。
桜の花びらが、風が吹くたびに、サラサラと湖面に落ちていく。
その姿は、光莉が、もう悲しまないで、自分のことを忘れてと言っているようだった。
横をみると、弟さんは、何も言わずに、ただ微笑んで、ずっと、私のことを見守っていた。
光莉、素敵な人と出会うことができた。
これは、光莉のおかげ。ありがとう。
「ママ~。」
「は~い。光莉、ここよ。パパも、早くきて。お昼にしましょう。」
ポカポカと暖かい公園で、ビニールシートを敷き、お弁当も用意して家族で過ごす。
そう、あれから2年後、光莉の弟さん、悟と結婚した。
そして、すぐに光莉とそっくりの娘が私に微笑む。
名前は光莉にした。光莉のような女性に育って欲しい。
お腹を銃弾で撃たれた時に、子宮や卵巣からは外れていて、最愛の娘を産むことができた。
今は、光莉が残してくれたお金もあり、何不自由なく暮らせている。
この辺はそんなに変わらないけど、世界は想定を超える気温上昇で砂漠化が加速している。
でも、私たち人類の未来は、光莉のおかげで明るい。
どこかの強欲な権力に縛られることなく、だれもが働けば食べていくことはできる世界。
光莉という品種のトウモロコシの種を海水につけて撒けば、砂の上でも収穫ができる。
それだけ、日常的な作物として、世界中に浸透している。
そんな光莉が目指していた世界に、私は貢献することができた。
今から思えば、光莉と出会う前の私は、周りに幸せにして欲しいとばかり願っていた。
自分としては何も努力せず、相手のために何もしていないのに。
光莉はずっと、私を守っていただけかもしれない。
でも、光莉の人を救いたいという強い志をみて、私も動かなければいけないことを学んだ。
私も少しは成長し、娘に自慢できる人になれたと思う。
そして、他人を貶める人ばかりではなく、真心を持っている人も大勢いることを知った。
娘は、そんな人に育てていきたい。誠実な悟と一緒ならできるはず。
あと数十年すれば、外気温は50度を超えると、毎日のように報道されている。
娘が生きていけるのか不安もあるけど、光莉のおかげで、少なくとも食料はある。
私は、大学に入り直し、光莉の研究をトウモロコシ以外の農作物に展開する研究を始めた。
色々な角度から、娘達が生きていける地球にしていかなければならない。
私たちに残された時間は少ない。
私達の活動に触発されて、外気温を吸収する素材の研究も始まったと聞いた。
地面にある水分の蒸発を防ぎ、真水を抽出するシートの開発も進んでいるらしい。
そのうち、少しでも実現できれば、人類が生き残る可能性は高まる。
私は、悟と光莉との今の家族生活に満足している。
思っていたのとは少し違うけど、私は、光莉の家族になれた。
日差しは、光莉が笑顔で私たちを包み込んでくれているようだった。




