9話 元カノ
あの刑事さんがまたやって来た。
光莉には、昔、女友達がいて、怪しいと言う。
光莉に、友達がいたなんて初耳。
でも、刑事さんの話しだと、光莉の友達だったのは、彼女に企みがあったからだと言う。
その女性はアメリカ人で、今はCIAに勤務しているとのことだった。
聞くと、光莉が大学1年生の時に一緒に暮らしていた。
光莉と一緒に暮らしていたのは、CIAからの指示だったと思うと刑事さんは話していた。
その指示をやり遂げて評価され、CIAに入れたのだろうということだった。
アメリカ政府が注目する情報を光莉が持っていたのだと今更ながらに怖くなる。
2歳ぐらい年上の女性と、一緒に暮らしていた?
そんなことは一言も光莉から聞いたことはない。
彼女は仕事だったとして、光莉は、その女性と付き合っていたのかしら。
光莉には、私の知らないことがたくさんある。
彼女がいなくなった寂しさから私に声をかけたのかもしれない。
アメリカ政府と彼女を通じてやり取りしていた?
あんな理想を持っていながら、実は裏の世界で暗躍していたの?
でも、光莉の日頃の姿からは、そんな素振りは全く見られなかった。
そんな疑念に振り回される私をよそに、刑事さんは、その女性の写真を見せる。
この女性と会ったら連絡するようにとのことだった。
その写真を見た時、私の体は凍りつく。どこかで見たことがある。
アメリカ人というから金髪の白人かと思っていた。
でも、黒髪で黒人と白人のハーフのような、どこか寂しげな女性。
どこで見たのかしら。
たしか、光莉が私の家に来て玄関を開けたとき、道路を通って行った。
外人で、見ると目をすぐに反らしたから、記憶に残っている。
それだけじゃない。光莉と温泉旅行に行くときに、同じ飛行機に乗っていた。
昨日も、私の最寄りのコンビニで週刊誌を読んでいる姿を見た。
ずっと、私の周りにいたんだ。
このことを刑事さんに伝えると、警備を強化すると言ってくれる。
その時は、どうしてこんなに親身にしてくれるのかと不思議だった。
だって、ストーカーとか警察は守ってくれないと聞くし。
おそらく、思っている以上に危険な状況なのだと思う。
でも、それだけ、光莉は世界から注目され、狙われていた。
その情報を持っていると思われている私の争奪戦が始まっていた。
その時、私自身はそんなことになっているなんて全く知らなかった。
私は、吉祥寺駅から自宅に戻る。
夜道は暗い。私の家まで吉祥寺の駅から10分ぐらい歩く。
駅を出て井の頭通りを三鷹の方へと歩く。
大通りから小道に入り、中道公園の先に自宅がある。
周りは一戸建ての住宅に囲まれ静かで暗い。
今夜はなにか違和感を感じる。
違和感というか、誰かに見られている感じ。
私は走り出した。走れば、あと3分ぐらいで私の家に着く。
後ろから、威圧するような何かが追いかけてくる。
捕まったら殺されると私でも殺気を感じた。
でも、日頃走り慣れていないし、ミッドヒールの靴だから早く走れない。
タイトなスカートも邪魔をする。
そんなことはお構いもなく、暗闇から私を追いかける足音が響く。
靴が足に食い込んで痛いけど、必死に走った。
必死に玄関を開けようとするけど、手が震えなかなか開かない。
冷や汗と、走ったことで額から汗が流れる。
どうして、私が狙われるのかしら。
玄関を開けると何やらメモが差し込まれている。
光莉から譲られた資料を渡しなさいと。
そんなものないのに、どうして。
こんなことが数日続く。
刑事さんにも伝えたけど、私の背後には怪しい人影はないという。
私の勘違いかしら。いえ、そんなことはない。
4日目、今日は特に気配は感じない。もう諦めたのかしら。
街灯に照らされる自宅が見えてきた。
今日は無事に帰れる。
自宅の敷地に入った時、私は全身が凍りついた。
玄関の前に、あの女性がいたから。
この女性が光莉を殺した?
憎しみが恐怖よりも勝り、目の前の女性の頬を平手打ちしていた。
でも、その直後に腕を捩じ上げられてしまう。痛くて声をあげてしまう。
その女性はなまりのある日本語で話し始めた。
「佐伯さんからもらった資料を渡しなさい。」
「そんな資料は知らない。」
「そんなはずないでしょう。嘘を言っていると、殺すよ。」
もうだめかもしれない。
やっぱり彼女はプロ。私なんかではかなわないし、体は動かせない。
これで私の人生も終りなのね。光莉とあの世で会えるからいいか。
その時だった。道路で、大勢の警官が盾を持ってピストルを構えていた。
警官というよりは機動隊?
いきなり発砲があり、彼女もピストルで応戦している。
私は、手で耳を押さえ、その場にしゃがんだ。
彼女は私を殺したり、人質にするつもりはなさそう。
資料を取得することが目的だからだと思う。
彼女を見上げた時、彼女の頭を弾丸が貫通した。
気のせいだったかもしれないけど、その直前に、彼女は私をみて微笑んでいた。
何を言いたかったのかしら。
自分は、光莉の彼女だったの、あなたには渡したくなかったと言った気がした。
もう光莉はいないのだから、嫉妬するような気持ちはない。
でも、彼女は、私を見て、最後に勝ち誇った顔をしていた。
彼女の頭から血しぶきが飛び、玄関の前で倒れる。
頭から勢いよく出る血で玄関は真っ赤に染まった。
どうして、女性1人に機動隊が銃で攻撃するのかしら。
機動隊の1人が私に手を差し伸べ、立たせてくれる。
もう安心だと。でも、これからは、こんな騒動から逃げられないかもしれない。
いくつもの銃声が響き渡ったせいか、周辺には野次馬も集まり、騒然としていた。
その中で、私だけが、焦燥感に包まれ、闇の世界へと誘われていく。




